日本におけるイスラーモフォビアの広がり

アリー・サンダース(仮名)・男性

 

はじめに

日本に暮らし始めて10年以上が経ち、人生の3分の1は日本で暮らしていることになります。自分のキャリアのために日本に来てIT関連の日本企業で勤務しましたが、日本人と結婚して、日本に長い期間住むことになりました。東京はとても安全で、安心して暮らせる街だと思います。差別も感じず、何の被害も受けずに10年間暮らしました。しかし、最近はイスラーモフォビア(イスラム恐怖症)が広がりつつあるのを感じ、日本が変わってしまうのではないかと心配になってきています。すでにイスラーモフォビアが広まっている私の母国アメリカについて、そして日本について考えてみたいと思います。

 

1 母国アメリカについて

12000年代前半まで

70年代には、米国のアフリカン・アメリカンたちの多くが、キリスト教からイスラームへ改宗しました。ムスリムでないアフリカン・アメリカンの多くも、アラビア語の名前を子どもにつけたり、ムスリムのファッションを真似したりしていました。そのようなことをしている人たちは今でもまだいます。

私が小学生の頃(80年代)は、イスラームについてはあまり話題になっていませんでした。イラン・イラク戦争は、イスラームのシーア派とスンニ派の争いだったとも言われていましたが、実際のところは、バアス主義(フセイン政権にイデオロギー的基礎を提供してきた主義)や汎アラブ主義という政治的な理由が主なものでした。そのため、米国に住むムスリムに対する被害はありませんでした。

アメリカ同時多発テロが起きた9・11の後の状況も、今と比べるとかなり良いものでした。80年代から広まった「ポリティカル・コレクトネス(政治的に正しい表現)」が、当時はまだメディアを含めて機能していて社会を守っていたのだと思います。しかしその後、米国国内では厭戦(えんせん)的雰囲気が広がったので、戦争に対する支援を得るために、アンチ・ムスリム、アンチ・イスラーム的プロパガンダのメッセージが増えました。

2)イスラーモフォビアの広まり

対テロ戦争は米国人の間では非常に人気がなく、それに対して人びとの支援を得て、戦争の理由や政策に対する批判を避けるため、軍人に対する支援のためのスローガン「Support our Troops(私たちの軍隊を支援しよう)」というものが広められました。軍人たちはヒーローだからというものです。

その頃からイスラーモフォビアのプロパガンダのメッセージが増え続け、エンターテイメントの世界では、イスラーモフォビアのメッセージを持つ音楽、テレビドラマ、映画、バラエティ番組などが増えました。米国のイスラーモフォビアの成長期のピークは2007〜2008年だったと思います。

ムスリムたちもイスラーモフォビアのプロバガンダについて、最初は真剣に捉えるほどでもないと考え、社会に対して声をあげていませんでした。しかし、その間に、米国人の多くが強い影響を受け、ムスリムは恐いものということにされてしまいました。その結果、ムスリムに対するヘイトクライムが起こるようになりました。

そして今(2016年)では、ムスリムを排斥すべきというメッセージを高々と掲げたトランプ氏が共和党の大統領候補になり、それに伴って、ヘイトクライムを始めとする差別的言動が堂々と行われるようになっています。これは数年前には考えられなかったことです。それだけ急速にイスラーモフォビアが国民に浸透したということだと思います。

 

2 日本について

  • これまでの状況

私は2004年に日本に来てしばらくは、外国人の多いゲストハウスに住んでいましたが、様々な国の人と出会って楽しい生活を送ることができました。約9年間勤めたIT関連の会社では、当時欧米人は私1人でした。仕事自体はもちろん楽しい時も辛い時もありましたが、会社が礼拝できる場所を用意してくれたりもしましたので、ムスリムだからと言って困ったことはありませんでした。

海外旅行に行ったり実家に帰ったりすると、日本の住みやすさがとてもよく感じられます。日本では当たり前のことで、人の優しさや社会の秩序、平和で清潔な文化など、他の国にも学んで欲しいことがたくさんあります。特に日本のカスタマーサービス(企業の顧客に対する対応や役所での対応など)は世界で1番だと思います。

2)今後に対する懸念

「ムスリムフレンドリー」という言葉を最近はよくニュースで聞きますが、日本はもともとフレンドリーだったと思います。人種や宗教を理由に嫌な思いをしたことはありませんでした。しかし、残念ながら、最近はそれが変わりつつあるように思います。

日々、より多くの人が私の顔を怖がった表情で見て行くようになったと思いますし、警察官や警備員に以前よりも見られるようになったような気がします。実際、日本の公安警察がムスリム全員を監視しているということが明らかになりました。またある銀行では、「ムハンマド」や「アハマド」という名前の人は、特別なセキュリティチェックを受けないといけないことになっているとも聞きました。

イスラーモフォビアは、ニュースのみならず映画やドラマというエンターテイメントによっても広められています。ムスリムをテロリストや悪者としたエンターテイメントが世界中で広がり、それによって人びとにイスラームに対する怖いイメージが植えつけられていると思います。

現在の日本の雰囲気は、2006年から2007年の米国の雰囲気ととても似ていると思います。米国ではこの頃から、ムスリムに対する暴力事件や殺人事件がとても多くなりました。日本でも同じようなことが起こらないように、日本の皆さんと力を合わせていかなければと思っています。

これからは、イスラーモフォビアが広まらないように、ムスリムの側も一層の努力が必要になると思います。特に、イスラーモフォビアの広がりにはメディアの影響が大きいので、メディアに対する働きかけが重要になると思っています。イスラームに対する正しい情報やイメージを伝えてもらえるように、国内外のイスラーム諸団体が協力していく必要があると思います。 また、日本の各地域コミュニティとのつながりを強め、警察をふくむ行政や交通機関、セキュリティ会社などの民間企業とも協力して、多様性について理解してもらい、差別のない社会になっていくようにする必要もあると思います。

 

終わりに

私の今までの人生は、アフリカンとして、アメリカンとして、そしてムスリムとして、たくさんの良い経験をして、恵まれた人生を送ってこられたと思います。しかし、現在の日本社会の状況を考えると、残念ながら今までよりも寂しいことが増加し、今までには考えられなかったような偏見がどんどん増加しているように思います。このままでは、今までの日本人の優しさやマナーなどがなくなってしまうのではないかと心配です。

私は将来家族を持ちたいと思っています。でも、日本で暮らすことにした場合、子どもが学校で宗教を理由にいじめられるのではないか、社会で差別を受けるのではないかということが心配です。私が今まで経験してきたような、日本人が持つ他の人種や宗教に対する寛容さ、あるいは他人に対するマナーを、私の子どもにも経験してほしい、そして、日本人として幸せな人生を送れるようになってほしいと望んでいます。