国連特別報告者が沖縄の表現の自由を懸念

小松 泰介(こまつたいすけ)

IMADRジュネーブ事務所 国連アドボカシー担当

 

2016年4月12日から19日にかけて、「意見および表現の自由」に関する国連特別報告者であるデイビッド・ケイさんが日本を公式訪問し、報道の自由、知る権利、平和的に意見を表明する権利やヘイトスピーチなどの問題を含んだ国内の表現の自由の状況の調査を行なった。ケイ特別報告者はカリフォルニア大アーバイン校法学部の教授であり、2014年から特別報告者の任務に就いている。一旦はキャンセルになるかもしれないという危惧があった中で実現したこの公式訪問は、その分市民社会の大きな期待を背負ったものであった。

そもそもこの公式訪問は2015年の12月に行われることが予定されていたが、11月になって「関係する政府関係者とのミーティングがアレンジできない」との理由で日本政府が急きょ2016年秋までの延期を申し出たという前代未聞の経緯がある。事実上のキャンセルとも受け止められたこの突然の延期に対しIMADRはアムネスティ・インターナショナル日本、ヒューマンライツ・ナウ、秘密保護法対策弁護団などと共にNGO共同要請書を岸田外務大臣宛に提出し、2016年前半までに公式訪問を実現するよう申し入れた。メディアにもこの延期問題が取り上げられたおかげもあってか、日本政府は再び4月にケイ特別報告者の公式訪問を受け入れることを今年2月になって決定した。皮肉なことにちょうど公式訪問最終日の翌日に、国際NGO「国境なき記者団」が「世界報道の自由度ランキング」を発表し、日本が昨年の61位から72位に大きく後退するという日本の表現の自由の危機を象徴するような一週間となった。

IMADRは、公式訪問が延期になったからこそ継続的な情報提供が重要と考え、「建白書」を実現し未来を拓く島ぐるみ会議(以下、島ぐるみ会議)の国連部会、沖縄・生物多様性市民ネットワークおよび市民外交センターらと共同で「日本の沖縄における表現の自由および平和的集会の自由の侵害」と題する報告書を作成し、昨年12月にケイ特別報告者に提出した[1]。この報告書は高江のヘリパット建設に反対する住民に対して日本政府がおこしたSLAPP訴訟[2]、辺野古の陸上および海上で抗議する人びとに対する警察官や機動隊員、海上保安官による過度な暴力の使用や拘束、刑事特別法[3]の適用や公務執行妨害による逮捕といった一連の抑圧的な対応、百田事件に象徴される沖縄メディアの抑圧、そしてオスプレイ配備隠しといった知る権利の侵害などの、一連の表現の自由の問題について18ページにわたって詳細に報告している。また、これには2014年1月から2015年12月5日までに報道された辺野古で抗議する人びとに対する暴力や拘束および逮捕の61件にわたるケースのリストも含まれている。このリストの作成はIMADRが担当したのだが、本土の主要メディアは有名な人物が逮捕された時ぐらいしか辺野古の抗議活動についての報道をしないため、本土のメディアで十分な情報を収集することは事実上不可能だった。改めて沖縄の人びとそして日本全国にとって、沖縄の地元メディアの重要性を認識させられる作業であった。

また、今年3月の人権理事会31会期に提出された人権高等弁務官事務所(OHCHR)の報告書によって、ケイ特別報告者を含む4人の特別報告者が2015年2月と3月にあった辺野古での4件の不当な逮捕および拘束について懸念する共同書簡を日本政府に対して送っていたことが明らかになった。この4件のケースは島ぐるみ会議国連部会がIMADRと協力して特別報告者に昨年通報したものである。この中には昨年2月22日に、辺野古のキャンプ・シュワブゲート前でアメリカ軍の警備員が沖縄平和運動センター議長の山城博治さんを基地内に引きずり込んで拘束し、その後刑事特別法違反の疑いで逮捕したケースも含まれている。山城さんは抗議運動に参加する人びとに対し、ゲートにひかれた黄色のラインを越えないよう呼びかけていたにもかかわらず、ラインを越えたとして拘束された。通報に対し、「人権と環境」、「平和的集会結社の自由」、「人権擁護者の状況」そして「表現の自由」に関する特別報告者が4件のケースについての詳細な情報と逮捕に至った法的な根拠を示し、さらに平和的に集会を行う権利を尊重するためにどのような措置が取られているか回答するよう求める書簡を日本政府に送っている。

しかし、これに対し日本政府は、沖縄の警察および海上保安庁は新基地建設計画への抗議に対して人びとの生命や身体、公共の秩序などを守るという義務を全うするために法律に従って行動しており、日本が負っている国際法上の義務に何ら反していないと回答している。このような回答は特別報告者らの懸念に真摯に答えているとはとても言えず、また改善の意思も感じられない不十分なものである。それを証明するかのように、人権擁護者の状況に関するミシェル・フォルスト特別報告者は人権理事会31会期に提出した自身の報告書の中で、「平和的に抗議活動を行なっている人に対する嫌がらせや過剰な力の行使、また恣意的な逮捕に関して再度憂慮を表明します。また辺野古の大浦湾での新しい軍事基地の建設に関して、合法的に沖縄の生物多様性を守ろうと努力をしている人権擁護者を含む平和的な抗議者への対応について再度憂慮を表明します」と懸念を繰り返している。

このような経緯もあり、ケイ特別報告者も公式訪問において沖縄の状況に大きな関心を寄せてくれた。警察庁と海上保安庁関係者との面会の際には、ケイ特別報告者から辺野古での抗議行動への対応について懸念を伝えてくれたことが分かっている。それに対し政府からどのような回答がなされたのかは分からないが、おそらく前述のような回答が繰り返されたのではないかと思う。しかし、政府は本来なら度重なる抗議活動の参加者からの苦情を真摯に受け止め、辺野古での抗議活動に対応する警察官や機動隊、海上保安官を対象とする、過剰な力の行使や不当な逮捕を防ぐことを目的とした人権トレーニングを行なうなど具体的な改善措置を講じるべきである。しかし、実際にそのような改善策は何も取られていないことからも、ケイ特別報告者はより懸念を強めたと考えられる。それを反映し、公式訪問最終日に出された予備的勧告では沖縄についてまるまる一段落が割かれた。以下、その和訳を紹介する[4]

 

特に沖縄の公の抗議について海上保安庁に懸念を伝えました。沖縄で行われている抗議活動に対する過度な制限の疑いについて昨年も当局に懸念を伝えています。過剰な力の行使といくつかの逮捕の事例について信頼できる報告を受けています。抗議を撮影しているジャーナリストに対する力の行使についての報告を特に懸念します。国家安全保障のために特定の地域で制限がなされる場合、人権侵害を防ぐための入念な再評価プロセスが設置されなければなりません。これからも沖縄の状況について注視し、必要であれば平和的な抗議のスペースを奨励するために懸念を表明していきます。

 

ケイ特別報告者は来年6月の人権理事会に今回の公式訪問の調査結果と勧告を含む報告書を提出する予定である。今も国と県の協議が続く辺野古新基地建設計画が来年どのような局面を迎えているにしろ、人びとが政府の政策に反対の意思を示すための最後の砦でもある平和的に抗議活動をする自由が保障され、本土の大手メディアが伝えない情報を絶えず伝える沖縄のメディアの報道の自由が守られることは不可欠である。日本の他の地域と比べて特に表現の自由が攻撃にあっていると言える沖縄について報告書が十分に取り上げるよう、IMADRはジュネーブ事務所の強みを生かしながら沖縄のパートナーと共にさらなる情報提供を行なっていく。

 

 

 

[1]報告書(英語)はIMADR英語ウェブサイトで閲覧可能:http://imadr.org/japan-un-foe-countryvisit-okinawa-19april2016/

[2] Strategic Lawsuit Against Public Participationの略称。弱い立場にある者の主張を抑圧する目的で強い立場にある組織が起こす訴訟のこと。

[3]米軍施設・区域への侵入を禁じている日米安保条約第6条に基づく法律。

[4]原文はOHCHRウェブサイトに掲載:http://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=19842&

LangID=E