届いていない人びとに届ける──ダリット女性と子どもたち

インド 農村教育開発協会への「連合愛のカンパ」5か年プロジェクトを終えて

小森 恵(こもりめぐみ)

ダリット部落プロジェクトコーディネータ

 

「皆さんの支援により5か年プロジェクトを続けることができました。アンベドカルの教えを学んだ学生たちは、今、ダリットの集会やお祭りに出かけていき、太鼓やダンスなどを披露しています。刺繍や網のバック作りなど、スキルトレーニングを受けた女性たちは、市場に自作の商品を出すようになりました。こうしたことができるようになったのもこのプロジェクトのおかげです」

 4月上旬、感謝の言葉が農村教育開発協会(SRED)のブルナド・ファティマさん(IMADR理事)から届いた。

インド社会の最下層におかれているダリットの人口は約1億8千万と言われ、その大多数(75%)は農村地域に住んでいる。ダリットに対する忌避や暴力を禁止する法律は古くからあるものの、特に農村地域では今でも不可触制の慣行が続いており、ダリット居住地区への他カースト集団による襲撃も起きている。また、ダリットの政治、経済、教育面における平等な機会を保障するために設けられた留保制度は、農村地域に住むダリットにはなかなか届かない。

ダリットの中でもとりわけ脆弱な立場にあるのが女性と子どもたちだ。幼い頃より家事労働の一端を担わされ、満足に学校に行けなかった農村のダリット女性の間には、文字の読み書きができない人が多数いる。不可触の考え方も性暴力においては関係がないかのように、他カーストの男たちによるダリット女性のレイプは日常的に起き、命まで奪われる場合もある。学校が遠いところにある、先生や他の生徒に差別される、家に帰ったら家事を手伝わないといけないなど、学習環境に恵まれない子どもたちも多く、小学校での中途退学につながっている。

IMADRのパートナー団体であるSREDは、インド南東部にあるタミールナドゥ州のアラコナムを拠点に、周辺の農村地域に点在するダリットの居住区で、女性や子どもを中心にさまざまな取り組みを行なっている。2011年4月に始まったこの5か年プロジェクトは、連合「愛のカンパ」による財政支援とIMADRのコーディネートのもと実施され、2016年3月末で終了した。ダリットに対する差別を表す言葉の一つに「隔離」があるが、SREDが組織するダリット居住区は、大抵は、アラコナムの町から車で30分以上かけてたどりついた村の入り口から、さらに10分、20分と奥深く走ったところに存在する。法律や制度、あるいは社会的インフラの享有からはほど遠いところにおかれている「届いていない人びとに届ける」ためのプロジェクトについて報告する。

青年、子どもたちに学習の機会を

アンベドカル通信教育コース

独立インドの憲法起草者であり、ダリット運動のリーダーであったアンベドカルの社会正義、平等、非差別に関する思想を学ぶコース。毎年、130人程度の青年(高校卒業が資格)が受講した。毎月第2土曜日はSREDのセンターでスクーリングが行なわれ、受講生たちはバスやジープを乗り継いで出席した。授業は、講義、グループ討論、セミナー、コンテスト、文化プログラム、映画鑑賞などの形で開かれた。受講生は太鼓の叩き方、路上劇、意識高揚の歌、リーダーシップ強化などのトレーニングも受けた。修了式には一人ひとりの受講生に修了証書が手渡された。コースの目的は学校ではけっして教わることのないアンベドカルの思想やダリットの歴史、差別をもたらす社会構造、ダリット政治、ダリットの文化などを学ぶことで、青年たちがダリットとしてのアイデンティティを自覚し、実践し、さらには次の世代に引き継いでいくことであった。

中途退学防止のための就学児童学習支援

ダリットの子どもたちは学校で平等に扱われず、差別的な待遇を受けがちである。授業についていけなくなり、学校から足が遠のく子どももでてくる。SREDは子どもたちが学習意欲をそがれることなく最後まで通学できるよう、それぞれの村でイブニングクラスを開いた。主にその村や近隣地域出身のダリットの大学生が指導員となり、子どもたちが学校で習ったことを理解できるよう導いた。2015年は、ヴェロア、カンチプラム、ティルバル地区にある15の村で、371人(男子170人、女子201人)が参加した。子どもたちは学力を伸ばし、リーダーシップや社会参加の意欲を高めた。クラスでは、新聞記事を読んで、村や社会で起きたことを分かちあった。

2015年は、その他の社会的困難に直面している子どもたちも巻き込んだ。イブニングクラスに来た遊牧民の子どものうち、52人が公立学校に通学するようになった。債務労働を強いられ学校をやめてしまった先住民族イルラの子どもたち15人を寄宿舎に収容して、イブニングクラスに参加させた。ごみ拾いの仕事をしていた5人の子どもたちもアラコナムの公立学校に通学するようになった。

ダリット女性の自立とスキルトレーニング

 一部地域に残っているマタマ(ダリットの女児をヒンドゥーの女神に供犠する慣習)の犠牲となった女性や、夫の家庭放棄により単身になった女性は、食べていくために売春の仕事に就くことがある。SREDは近隣7カ所の観光地でセックスワーカーによる自立のための組織化を支援してきた。客による暴力や警察官による不正行為をはじめ、女性たちはさまざまな問題に直面している。生まれた子どもは出生届けをしていないため、学校にいけない。2015年はそうした状況にある女性たち30人に網のバック作りなどのスキルトレーニングを開いた。終了後、女性たちは自分でバッグを作り、販売するようになった。

SREDの二つのセンターではミシンや、紙コップや生理用ナプキンを作る機械を備えている。SREDのスタッフ3人がトレーナーとなり、ダリット女性に縫製と刺繍のトレーニング、紙コップと網のバッグ作りのトレーニングを提供した。トレーニング終了後、女性たちは縫製工場で働いたり、自作の商品を市場などで売り始めた

女性の集団エコ農業

SREDは、カラルとパラボイに有機栽培研修農場をもっている。

スリハリプラムとN.R.カンディガイ村では45人のダリット女性が、政府のプログラムのもと、公有地を取得した。土地取得から開墾、有機栽培まで、以下のようなトレーニングを提供した。

1.村での会合:毎週、村で会合をもった。集団農場の重要性と共同で働くことの意義について話しあった。女性たちは活発に質問を行ない、徐々に有機農法について理解を深めた。

2.トレーニング:土地の権利に関するトレーニングを2回開き、43人のダリット女性が近隣の5つの村から集まった。女性たちは、ジェンダー平等、リーダーシップ、女性の土地所有権、女性による集団農場について学んだ。

3.ワークショップ:有機栽培に関するワークショップをパラボイ・センターで実施した。バイオ・エコロジカル農業(BEA)について農業家のアナンダさんが講義を行ない、殺虫剤の影響、自然な虫の駆除方法、伝統的種苗について学んだ。

4.土地取得と地均し:女性たちによるロビー活動の結果、チットレ地区の50エーカーの土地がN.R.カンディガイの25人のダリット女性たちに明け渡され、開墾した。

5.堆肥つくり、バーミ栽培法、自然な虫駆除に関する実地研修:アナンダさんの指導で農地での実地研修を行なった。

6.訪問:女性たちは2組に分かれてモデルとなる有機農場を訪問し有機栽培について学んだ。

総評

 5カ年のプロジェクトを通して、ダリット女性や子どもたちの状況は大きく改善された。子どもたちの中途退学が減少し、学業が向上した。それぞれの家庭、そして村において女性の地位が高まった。女性たちは積極的に運動に参加するようになった。