山下 梓(やましたあずさ)
弘前大学助教 ゲイジャパンニュース共同代表
はじめに
世界には、成人間の合意に基づく同性との関係や「異性装」を取り締まる国、同性どうしの婚姻やパートナーシップを制度化する国、だれを好きになるか(性的指向)や性別のあり方(性別自認)を理由とした差別を禁止する国があるが、日本は、「セクシュアルマイノリティ」について法的に迫害も明示的に保護もしていない。
今回の審査におけるLBTの人びとの主な課題
「セシュアルマイノリティ」と同義語の「LGBT」が用いられることが増えている。女性差別撤廃委員会では、「G」(ゲイ(男性同性愛者))を除くレズビアン、バイセクシュアル女性、トランスジェンダーの人びと(それぞれの単語の英語の頭文字をとって「LBT」)が対象となる。
委員会による審査に先立ち、3団体共同でLBTの人びとについてNGOレポートを提出した。レポートで指摘した課題は(1)性的指向・性別自認を明示的に盛り込んだ包括的差別禁止法の不在、(2)性的指向・性別自認を理由とした雇用における差別禁止と法的保護の不在、(3)DV防止法や刑法の強かん罪からの排除の3点である。以下、各項目について簡単に説明する。
現在、性的指向・性別自認を理由とする差別禁止法制定に向けた議論が進んでいる(1)。歓迎できる動きだが、長年にわたり人権団体が訴えてきたように、人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病等による差別も禁止する包括的な差別禁止の法整備が望まれる。この点については、2008年と14年に国連自由権規約委員会、2008年と12年に普遍的定期審査で日本政府に対し勧告が出されており、そのことも踏まえ、委員から「性的指向・性別自認に基づく差別について、どのような法的措置が講じられているのか」と質問があった。
男女雇用機会均等法に基づくセクシュアルハラスメントに関する指針は2013年に改訂され、同性間でもセクシュアルハラスメントが成り立つことが定められた。しかし、これは、性的指向・性別自認を理由とした職場における差別やハラスメントを禁止したものとはいえない。この点についても、どのような措置を講じているのか委員から質問があった。
DV防止法は2013年の改正により、暴力の被害者として「配偶者」や事実上夫婦関係にある人びとに加え、一定の関係にある交際相手からの暴力も含まれることになった。親密な関係性における暴力は、異性カップルか同性カップルかを問わず起きる問題であり、これまで、地方裁判所が同性パートナー間の暴力について保護命令を出した事例がある。しかし、最近では、日本が同性婚を認めていないことを理由に法律が規定する「配偶者等」には同性パートナーは含まれないとの解釈が有識者から示され、この内容が裁判所の研修で伝えられているとの情報があり、レポートでとりあげた。また、刑法の強かん罪における「かん淫」は、男性器の女性器への挿入とされていることから、トランスジェンダーの人びとに対する加害や同性間の行為について排除的だと指摘した。これらの点について、委員からは、同性パートナー間の暴力に言及した現行法と刑法の性暴力規定の見直しについて質問が出た。
審査を終えて
2009年の審査では、LBTに関する委員からの質問はゼロであった。ロビイングの最中、委員から「LBTが女性差別撤廃条約の対象となるか不確か。委員の間でも議論が割れている」と言われた。しかし、前回審査以降、性的指向・性別自認を盛り込んだ一般勧告第28号(2)や他国の審査・総括所見におけるLBTへの言及の確実な増加がみられ、このような流れの中、今回の日本政府審査でもLBTについて複数の質問が出された。上記課題の他にも、トランスジェンダーの人びとの性別取り扱い変更申し立て時の生殖能力欠如要件や保険証の問題を含むLBTの人びとの健康に関するニーズ・アクセスについて、また、離婚時の女性への財産分与に関連して同性パートナーの問題についても質問が出された。
審査後、ある委員から「LBT、おめでとう。総括所見を周知して、国内の状況に改善をもたらすためのツールとして最大限に活用して」と声をかけられた。このことを心に刻んで次の審査までを過ごしたい。
(1) 例えば「性的少数者差別禁止 超党派で法案策定へ」2016年1月28日付毎日新聞
(2) CEDAW一般勧告第28号 女子差別撤廃条約第2条に基づく締約国の主要義務について(2010 年、第27回会期)、内閣府男女共同参画局のウェブサイト掲載