2015年11月26日、人種差別撤廃条約(ICERD)の採択50周年を祝うイベントが国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によって開催され、午前に「50年の功績―教訓と良い実践例」、午後に「現在の挑戦と前進」と題したパネルディスカッションが行われた。人種差別撤廃委員会(CERD)でのこれまでのIMADRの活動が認められ、二マルカ・フェルナンド理事長が市民社会代表として午前の部のパネリストとして招待された。ここにスピーチを紹介したい。
国連人種差別撤廃条約採択50周年記念イベント
記念スピーチ:人差別撤廃条約と委員会に連携した私たちの歩み
ニマルカ・フェルナンド(IMADR理事長)
このような意義深い場にお招きいただきありがとうございます。IMADRは1988年に、人権と平等の促進、そしてダリットが経験する不可触性、職業と世系を理由とする差別の慣習、人種主義と外国人嫌悪の根絶のために闘う人びととの連帯に取り組む部落解放同盟のリーダーたちによって設立されました。
IMADRによる連携
人種、肌の色、民族、世系やカースト、国籍による差別や品位を傷つける扱い、排斥や暴力を日常的に受けるすべての人びとの経験は、IMADRの存在意義の核であることから、わたしたちはCERDとの連携を特に重視しています。わたしは理事長に選任されたばかりの頃、女性差別撤廃条約や人種差別撤廃条約などの条約の言葉を、スリランカにおける移住労働者やタミル人、ネパールの人身売買被害者の女性たち、インドにおけるダリット、ヨーロッパのロマ、中南米の先住民族といったIMADRの現場の活動にどう活用できるのかに焦点を置いていました。
わたしにとってジュネーブと国連は遠い存在でした。活動家であるわたしにとって、国連はただ言葉と文書に満ちていました。そのようなシステムのために時間と貴重な資源を使いたくありませんでした。しかし、ジュネーブの駐在スタッフであった田中敦子さん(故人)が新しい可能性に対してわたしの目を開いてくれました。彼女のエネルギーはわたしの心を動かしました。50周年を祝う今日この日において、国連システムで闘う強さと忍耐をくれた彼女にこのスピーチを贈りたいと思います。
人種差別撤廃条約と委員会
IMADRの使命と目的に最も関連していることから、わたしたちにとって人種差別撤廃条約は重要であり続けました。深く内在化した長年の差別の慣習によって周縁化された集団も条約の対象となるよう、条約の言葉を適用してきた委員会のビジョンを称えます。この集団には世系に基づく差別の被害者、先住民族、ロマおよびシンティが含まれています。
2001年にIMADRはマイノリティ・ライツ・グループ・インターナショナルと共に、条約と委員会の仕組みおよび活用方法を解説した「NGOガイド」(田中敦子編)を作成しました。10年後にこのマニュアルはジュネーブ事務所によって更新され、英語、スペイン語およびフランス語で利用可能です。
さらに、IMADRは委員会の公開ミーティングのウェブキャストを提供してきました。これによってジュネーブに来られない人びともインターネットを介して議論を視聴できるようになりました。テクノロジーの活用は働きかけを広げ、人種主義、外国人嫌悪および差別のまん延を根絶させるために活動する人権活動家やNGOをより強くすると私たちは信じています。また、ウェブキャストは審査中のジュネーブの代表団に当該政府が情報提供のサポートをするのに役立っているほか、メディアによる審査の報道も促進させています。総じて、ウェブキャストは委員会の活動へのアクセスのしやすさ、透明性そして一般の関心を高めました。
先住民族、ロマ、職業と世系、女性に対する複合差別に関して、一般的勧告23、24、25、27、29がIMADRの活動の一助になりました。
また、2001年の委員会によるスリランカへの勧告を受け、何千人もの無国籍だったスリランカの紅茶農園の労働者が市民権を得たことをわたしは今も覚えています。
市民社会組織(CSOs[1])による貢献
CSOsは人種差別撤廃条約に意味と関連性を持たせるために委員会と連携してきただけでなく、世界から人種主義の苦しみを拭い去るという、国連の大きな目的も促進してきたと私たちは信じています。テーマ別討論での経験と意見の共有を通し、人種差別に対する国際人権基準を発展させるための一般的勧告に貢献してきました。また、NGOレポートの提出と締約国審査への参加を通して、現場レベルでの客観的情報を提供し、委員会のモニタリング機能を強化してきました。ランチタイムでのブリーフィングに加え、CSOsとの非公式ミーティングを3時間ずつ分配することにした2010年の委員会の決定を高く評価します。
CSOsと委員会は数十年かけて緊密な協力関係を築き上げてきました。この建設的な協力関係は、締約国の状況の詳細な分析と効果的な総括所見への貢献のみならず、人種差別の被害者、人権活動家、先住民族およびマイノリティのリーダーといった市民社会の一員が国連人権システムと協働するための力を与えました。残念ながら、人権、とくにマイノリティに対する差別と人種主義の根絶のための活動はしばしば誤解され、間違って伝えられます。私たちは頻繁に自国の評価をおとす裏切り者と呼ばれます。国連に協力することでリスクを負います。そのようなリスクに直面した人権活動家の一人として、委員会が人権活動家の保護のための報告者の任命を決定したことを歓迎します。市民社会のメンバー、特に人種差別の被害者は恐れることなく委員会に声を届けられなければなりません。
さらに、いくつかの締約国が、委員会への報告から勧告の実施にわたって、CSOsと建設的なパートナー関係を構築したことも励みになります。多くのCSOsは、人種差別にさらされる人びとやコミュニティと緊密に活動することから、その現場経験は、政府が人種差別問題に対する効果的な措置を講じる助けになります。
CSOsは人種差別を根絶するために委員会と協力してきましたが、そもそも、条約を実施するために措置を講じ、委員会に定期的に報告する責任は締約国にあります。しかしながら、2015年11月25日の時点で177の締約国のうち、91カ国が第1次もしくは定期報告書を締め切り期日までに提出していません。さらに、委員会が条約14条に基づき個人通報を受け取る権限を認める宣言を57カ国しかしていません。
むすびに
先駆的な役割を果たした人種差別撤廃委員会の設立は60年代にまで遡ります。しかし残念なことに、現実の世界は私たちの言葉と努力に耳を傾けていません。毎日のように私たちは不可触性の慣習による暴力や人種差別のニュースを耳にします。外国人を排斥する政党や運動の劇的な台頭や、途切れることのない人種主義に基づく暴力や憎しみ、差別の扇動は憂慮すべき事態です。人種主義と人種差別は急増し、世界中に拡大しています。移民や難民、庇護希望者の取り扱いにもそれが表れています。現在の国際状況は困難な挑戦に直面しています。
被差別部落のコミュニティを母体としてIMADRは誕生しました。人種差別撤廃委員会が50周年を祝うこの機会に、私たちは委員会と緊密に協働することを約束します。
前人権高等弁務官は2009年の意見記事「カーストの壁を打ち破る」で、「恥ずべき概念であるカーストを根絶する時が来た。過去、アパルトヘイトや奴隷制といった克服できないように見えた壁は壊されてきた。私たちはカーストの壁を打ち破らなければならず、私たちはそれができる」と言われました。私たちは今日のお祝いが、人種差別と不可触性のない世界を実現するために、すべての関係者が効果的に協力する新たな出発点になることを望みます。
(翻訳:小松泰介)
[1] Civil Society Organizations (CSOs)。NGOやNPO、先住民族団体、労働組合などが含まれる。