人権は「答え」でなく「答えを探すプロセス」 求められるNGOとの緊密な協力

髙橋 宗瑠(たかはし そうる)

ビジネス・人権資料センター日本代表

 

ビジネスと人権情報

日本の多くの企業人にとって、「人権問題」といえば、まずサプライチェーンにおける諸問題が想起されることと思います。サプライチェーンとは、原料の段階から製品やサービスが消費者の手に届くまでの全プロセスの繋がりを指します。川上に何重ものサプライヤー(供給者)と契約し、製造過程の様々な段階を委託しているビジネスモデルは数多くの企業が展開しているものです。企業にとってはコストが減らせるなど利点はかなりあるのでしょうが、委託先のサプライヤーで人権問題が発覚することが少なくありません。途上国の工場での児童労働、貧困線ギリギリの賃金でほぼ強制的に働かせる搾取労働、移住労働者を奴隷のように扱う人身取引などなど、残念ながら問題が耐えないというのが現状です。そして、それが行われているのがサプライヤーであっても、川下の国際ブランドはその人権侵害に加担したとされ、非難にあってしまうことも少なくありません。

もともとビジネスと人権の重要性が世界的に認識されることになった大きなきっかけは、まさしく90年代に問題となった、ナイキのサプライチェーンでの人権侵害でした。国際的なボイコット運動にまで発展したこの問題でナイキのブランドは大きな痛手を受け、その経験で反省したナイキはサプライチェーンでの人権尊重に積極的な企業の代表格の一つとなっています。当時のナイキほどでなくても、日本のメーカーなどでも同じように指摘を受け、対応に慌てざるを得なかった企業も何社かいるのは周知の通りです。なお、サプライチェーンというと「工場」を想像しがちかと思いますが、川上のサプライヤーは無論多岐に渡り、例えば鉱山や農場などでも人権状況が問題にされることも多くなりました。サプライチェーンでの人権は、もはや製造業だけの問題とは言えなくなっています。

前回は日本企業が陥りがちな罠の一つとして、「現地のサプライヤーにさえ任せていれば大丈夫」というものを挙げましたが、さすがにいまどきサプライチェーンが問題になりうることを認識していない日本企業は少ないと思います。「サプライヤーは当社と違う企業で、先方の日常業務に立ち入ることはない」「どのような労働慣行があるのか、責任が持てない」などと言い張っても、今や世界はそのような答弁を受け入れません。サプライヤーとの提携関係を維持する際の人権デューディリジェンス(事前に認識・防止・対処するために取引先などを精査するプロセス。いわゆるデューディリ)を通して、人権侵害に加担しないようにする必要があることを、日本企業は概して認識しているように思います。問題は、具体的に一体どこまでデューディリをやるべきなのか、どこまでデューディリをやれば十分なのか、ということです。

依然として丸暗記が重要視される日本の教育のせいか、私は企業人によく、「人権のチェックリストがほしい」と頼まれます。明確で間違いようのない項目が並べてあり、それらさえ満たしていればシロと判定、といったツールが想定されていると思われます。しかし、人権には残念ながらそのようなものは絶対に存在しません。人権というのは、答えがいかなる場合においても明白なものでなく、「これだけやれば人権問題はゼロ」というのはあり得ません。人権問題が全くない理想郷のような世界などそもそも存在せず、人権尊重はむしろその理想郷を希求し、それに向けて少しでも近づき続ける過程、プロセスのようなものです。答えの正誤がはっきりしている暗記問題ではなく、哲学の記述式問題と考えてもらってもいいかもしれません。そのため、「これだけやっていればシロで人権問題は絶対になく、安心できます」と断言できる性質のものではないのです。

それでは一体どうすればいいのか、と企業人が悲鳴をあげる必要はありません。人権が「答え」でなく「答えを探すプロセス」である以上、企業がそのプロセスに入り、それを重視することを求められているのです。ステークホルダーエンゲージメントと言われるものですが、労働者や近隣住民、労働団体や人権NGOなど様々な関係者と対話を重ね、一緒に答えを考えていくのです。重要なのは、「皆をパートナーとして考え、皆が喜ぶ、いわゆるウィンウィンwin-winの答えを一緒に見出す」という姿勢です。

「人権問題が絶対にない完璧な世界」が存在しない以上、最初からパーフェクトである必要はありません。事業を営んでいる以上、問題はほぼ必ず起きますし、NGOなどの指摘を受けます。「完璧でないとまずい」という思い込みがあるからこそ、指摘があった場合はまずそれを否定しようとしたり、ひどい時は隠蔽しようという心理が働いたりします。「今はなるほど完璧ではない、だからこそ改善を考えたい、理想の状態に向けて努力をしたい」と考えを転換する必要があります。事業を起こす前、問題が起きる前に対話を重ねて信頼関係を築く。問題が指摘された場合は真摯に受け止め、オープンに情報を公開し、最善の解決は何かと一緒に検討する。今は、このような姿勢が問われています。

注目すべきなのはエンゲージメントという言葉です。「対話」「協議」「協働」などという意ですが、英語では、「緊密に協力し合う」というニュアンスがあります。「婚約」という意味もあるように、仏語の「約束」というのが語源です。すなわち、ここでいうエンゲージメントで想定されるのは「互いに主張を言い合って平行線で終わる」というフォーマルなものではなく、「円卓を囲んで一緒に問題解決をする」「約束し合う」という、よりオープンでインフォーマルなものなのです。

日本企業(に限らず日本の組織)は、残念ながらまだまだこれが苦手のようです。問題が発覚しても対話を先延ばしにしたり、情報を小出しにしたり、挙げ句の果てにはNGOなどの指摘を、「本社に持って帰って」密室で議論した上で一方的に「回答」を突きつけたりする。日本企業には、このような対応がしばしば見られます。企業の方に悪意はなく、「組織」というのは概してそういう力学が働くものでしょうが、これでは真のエンゲージメントとは言えず、よけいに問題をこじらせてしまいます。今問われているのは、ステークホルダー、特にNGOといかにパートナーとして、オープンに協力し合えるかということです。

パートナーとしてのNGO

NGOを事業のパートナーとして見るという動きは、欧米の先進的な企業の間で進んでいます。よい例の一つとして、ユニリーバとオックスファムの関係が挙げられると思います。オックスファムといえば貧困撲滅に向けて世界で活発に活動する国際NGOで、各国の政府はもとより、企業に対して人権侵害に加担していると指摘することも多いことで知られています。泣く子も黙るオックスファムの名前を聞いて震え上がる企業人もいるかと思いますが、ユニリーバはあえてその厳しいオックスファムに接触し、自社直営工場も含むベトナムのサプライヤーの監査を依頼しました。厳しい指摘も含むその監査の結果はオックスファムによって公開され、ユニリーバも指摘されている問題点の改善に努力すると宣言しています。オックスファムはユニリーバとの協力を通して実態の把握が可能になり、ユニリーバも「人権に真剣に取り組む企業」というブランド力をますますつけることができます。まさしく、ウィンウィンの関係といえます。

 

日本企業でも、そのような先進的な動きがないわけでは決してありません。スポーツウエアメーカーで国際労働団体と労働基準の合意をしたり、食品会社で児童労働の監査をNGOに依頼している企業もあります。しかし、まだまだ少数であるうえ、あまり世に知られているとは言えないのではないのでしょうか。その背景には、人権尊重に宣伝材料としての価値が認められていない、端的に言うと「人権を守る企業」として売り込んでも売上につながらない、という意識もあるのではないでしょうか。しかし、「環境に優しい企業」が強力な宣伝文句になり、企業が競って環境保護に向けての努力をマーケティングの材料として使うようになったのと同じように、「人権を守る企業」が強大なブランド力になりうるものと思います。「日本の消費者の意識はまだそこまで到達していない」と反論する企業人もいますが、環境に関しても全く同じようなことが言われていたのは、つい最近のように思います。ましてや今やグローバル企業の対象は日本だけでなく、世界の消費者であることはいうまでもありません。

 

なお、上記の例の話をするとよく驚かれるのは、オックスファムによる監査の公開をユニリーバが許したことです。「NGOに監査を頼むのはいいかも知れないが、その監査の結果は公表してもらったら困る」と多くの日本の企業人は考えがちではないでしょうか。しかし、人権の柱として、ステークホルダーエンゲージメント以外に、透明性や情報公開が重要視されます。人権状況は完璧である必要はなく、完璧であるはずもありません。指摘を受けた場合の対応がむしろ問われているのです。

 

NGOの話が多くなりましたが、企業が考えなければならないステークホルダーは無論NGOだけではありません。市民社会の窓口としてのNGOは重要ではありますが、労働者や近隣住民などの声にも耳を傾ける必要があり、それを怠ると大きな失敗をしかねません。次回は主に資源開発などの例を挙げ、その点について見たいと思います。

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