「家事支援人材」は人ではなくモノなのか 問われる労働者としての権利確保

竹信三恵子(たけのぶ みえこ)

ジャーナリスト・和光大学教員

 

国家戦略特区での「家事支援人材」の導入が話題になっている。長時間労働と保育所不足に悩む共働きカップルの希望の助っ人と政府やマスメディアがはやす影で、「人材」として導入される働く女性たちの権利はどうなっているのだろうか。モノを意味する「人材」という言葉が飛び交う中で、人、つまり「労働者」としての権利はどう位置づけられているのか。政府は9月に「家事支援人材」の扱い方を規定した「指針」を決定したが、その指針から見えてくる問題点を検証してみたい。

 

スピード審議が意味するもの

 

今回の問題は、拙速とも言える上からのスピード導入ぶりから始まった。

 

2013年6月、在日米国商工会議所による外国人家事労働者の受け入れへ向けた規制緩和要望書が提出され、一年もたたない2014年4月、政府の産業競争力会議の雇用・人材分科会がまとめたペーパーに「外国人人材」の導入が盛り込まれ、その一年後の今年4月にはこれを盛り込んだ特区法改正が閣議決定されて国会に提案され、7月には公布。すぐに具体的な運用を規定した政令案と指針案がまとまり、8月のお盆休みの時期をはさんだ2週間にも満たない期間でパブリックコメントが募集され、9月1日に改正法が施行され、9日には指針案も了承された。

 

シンガポールや香港など、住み込みの外国人家事労働者が家事や介護、保育を支えている社会では、低賃金や、熱湯をかけられたり殴打されたりといった過酷な扱いが繰り返し問題化している。保育や介護に公的な資金を使うことがムダとされ、自己責任によってこれらのサービスを購入させられる仕組みの中で、一般家庭は家事労働者を買い叩くことで生活を保とうと、暴力や抑圧に走る。家庭という密室が職場で監視の目が届かないこと、外国人への差別意識、身近に支える親族がない立場の弱さ、家事労働への蔑視がこうした暴力を後押しする。

 

その意味で、家事労働者の導入については、人権確保措置の検討がとりわけ重要だったはずだ。にもかかわらず、家事労働者を「家事支援人材」というモノとみなし、移民でなく「労働力」扱いすることで、「人」が働くための条件整備をすっぽり置き去りにして進められたのが、今回のスピード審議だった。

 

相談窓口は使用者が設置

 

今回の導入方法は、海外とは異なり、国家戦略特区を設けて例外的なルールの下で家事労働者を利用していこうというものだ。労働法を外すことは人権規制の例外となる働き手を作ること、という従来からの批判に対応し、家事サービス会社などが雇用する「請負労働者」という形をとることで、労働法の保護の下に置かれることは一応確認された。

 

また、雇い入れる資格のある企業を「特定機関」とし、問題企業でないかどうかを「第三者管理協議会」が認定し、定期的に報告を求め、監査を行うことで、労働者を保護することが担保されたかのような形もとっている。

 

だが、その具体的な運用を定めた指針を見ると、いくつもの問題が浮かぶ。

 

まず、企業に問題があった場合の認定取り消しなどの処罰規定は明記されていない。しかも「第三者管理協議会」は、特区に指定された関係自治体、内閣府地方創生推進室、地方入国管理局、都道府県経済局、都道府県労働局から構成され、入国管理局と労働局以外はこの制度を推進する側だ。入国管理局は労働者を管理する立場であることを考えると、労働者の側に立つ参加者はほとんどいない。これが「第三者」なのかと言いたくなる。

 

こうした中で働く側の問題点をすくい上げる相談窓口の設置が不可欠だが、指針では雇う側の特定機関に設置を義務付けている。これでは家事サービス利用者の苦情窓口にはなっても、雇い主についての苦情窓口にはならない。しかも顧客である利用者についての苦情を使用者がどれだけ聞いてくれるのかは、疑わしい。指針についての概念図では苦情相談が第三者管理協議会にも届けられるかのように描かれているが、指針にはそれは明記されておらず、この点の究明が今後必要になる。

 

3年で送り返し

 

解雇の際の対応については、指針は、特定機関は受け入れる「相当数」の労働者を非自発的に離職させてはならない、としている。相当数であろうと一人であろうと、合理性のない非自発的離職(解雇)があってはならないことは労働契約法でも規定されている。雇用の継続が不可能になったときは新たな特定機関を「確保するよう努める」とあり、移動の自由は一応認められているようだが、再就職先の確保は努力義務だ。

 

きわめつけは、「家事支援人材」は通算して3年以上働かせてはならないとされていることだ。9月に「アジア女性資料センター」が招いた香港の外国人家事労働者のオルガナイザー、イプ・ピュイ・ユさんによると、香港では2年契約を何度も更新して長期に働ける。こうした実質的な定住が、家事労働者の労組やネットワークを可能にしている。その意味で、日本の受け入れ方は、必要なときに必要なだけ「人材」を受け入れるだけで、働き手の労働権や苦情の吸い上げに有効な当事者ネットワークが極めて作りにくい形になっている。

 

これについては、熟練した家事労働者が育たず、利用者にとってもマイナスではないかとの声が家事サービス業界の一部からも出ている。ただ、3年で送還した働き手のうち都合のいい人材を選んで一定のクーリング期間を置いて何度も呼び戻すことが理論上は可能だ。これなら熟練の問題もクリアしつつ、「うるさい人材」は呼び戻さないことで、スムーズに排除できる。

 

外国人女性労働者の支援を目指すグループのロビーイングによって、特定機関に労働者の帰国旅費の負担義務、資金の準備、家事労働者の賃金による負担の禁止などは盛り込まれたが、全般に、人を発言できない「モノ」とするための工夫が張り巡らされた指針といえる。

 

根本に働く女性の窮状の解決

 

こうした構図を後押ししているのは、共働き家庭を中心にした「家事・育児の支えがほしい」という悲鳴のような要求だ。2015年度からの介護報酬の切り下げで、要支援の程度の軽い高齢者は介護保険から切り離されて自治体に移管された。だれがそれを担うのかははっきりしない。グローバル化の中で製造業は海外へ脱出し、男性の家族賃金と安定雇用でかろうじて支えられていた「大黒柱」家計の転換が迫られている。その中で不可欠な保育園は、数こそ増えたが質は下げられ、一方、待機児童はむしろ増えている。そこを「家事支援人材」で補ってほしいというのだ。

 

だが、こうした解決は、安保法制を背景にした防衛費増額や法人税減税の中での社会保障費切り詰めと、介護や保育の自己責任化に道を開きかねない。そんな懸念の声に配慮してか、今回は「家事支援人材」の業務は家事だけに限定され、保育や介護も家事に関係したもののみとされたが、家事サービス業界はこれを足がかりに、ベビーシッターや高齢者の生活支援サービスに意欲を燃やしている。

 

また「高度プロフェッショナル制度」によって、一定の条件の働き手の一日8時間労働規制を外す提案もされ、正社員の長時間労働はさらに進む兆しさえ見えている。祖父母の支援も受けられず、保育園だけではカバーできないためベビーシッター代で賃金のほとんどが消える働く正社員女性は少なくない。そんな窮状が、「家事労働者の人権に配慮を」という当たり前の要求に対し、「安い家事・育児サービスがないと困るのになぜ反対なのか」という怒りの声を引き起こす。

 

働く女性同士の問題共有を

 

人材ビジネス大手のパソナグループは、産業競争力会議の中心メンバーとして「家事支援人材」の導入を推進してきた竹中平蔵さんが会長を務め、外国人家事支援ビジネスに率先して乗り出している。彼は取材に来た記者たちに、「抵抗勢力のせいで保育・介護サービスへの家事支援人材の利用が狭められ、家事サービスくらいしかできなくなってしまった。女性の活躍のためにマスメディアは応援してほしい」と説いているとも聞く。

 

最低賃金は守られることになったため、人材ビジネスの利益を上乗せしても一般家庭が購入できるほどの低賃金は難しくなった。このためパソナなどでは、大手企業の「女性活躍」政策に乗り、女性社員たちへの福利厚生のための「人材」として業務委託の形で「人材」を売り込む作戦も進めている。企業と企業の間で働き手をやりとりするこの枠組みの中で、家事労働者たちの労働権の順守がどう担保されていくのかも、大きな課題だ。

 

これらを乗り越えるには、「家事支援人材」の人権確保と日本の働く女性の窮状の解決をセットにして取り組むことが不可決だ。市民や労組、女性たちが参加するオンブズマンを立ち上げて来日する外国人家事労働者の実情をつかみ出し、家事労働者の働き方の劣化を防ぐことが日本の働く女性たちの安心にもつながるという視点を共有していく取り組みが、問われている。