『プロファイリング・ビジネス~米国「諜報産業」の最強戦略』

ロバート・オハロー著 中谷和男訳

日経BP社

定価:2,200円+税 2005年9月

村上晶子(むらかみ あきこ)

 

1990年代はじめまで反共名目で軍産複合体に税金を投入していた西側諸国は、冷戦終結により不況に陥った。国際資本が望んだ社会主義圏の市場化が実現してしまったからである。しかし、農業など生きるための生産活動を非効率と切り捨て、経済の軍需依存度を高めてきた国家群は、平和産業構造への転換が困難だ。国際資本が新興地域に移された後も、新たな需要を自ら創出し、活性化することで延命を図る。それが自己目的化した対テロ戦争や安心安全ビジネスである。

 

本書はワシントンポスト記者による調査報道である。9.11事件を機に待っていたかのように対テロ・国家安全保障名目で制定された、2003年の愛国者法。ここでは、同法によって合法化されたアメリカ国内の諜報市場化、諜報ビジネスで儲ける財産官政の癒着と、市民と社会にもたらされた破壊的影響の実態が描かれている。

 

日本でもこのところ、秘密保護法、盗聴法、共謀罪、マイナンバー法など、一連の諜報活動合法化が次々と、だが一見ばらばらに制度化されてきた。それにつれて日本でも少しずつ被害の自覚が広がり、全生体に及んでいる諜報社会の危険性が理解され始めた。しかし、こうした監視社会化は突然に現れたわけでも、政府当局だけによるものでもない。

 

その背景には、個々の生体を機械とみなし、情報を媒介として制御するための、情報通信技術のたえまなき研究開発と実証実験の歴史がある。情報通信技術自体は中立的であり得ても、現実には世界の植民地化と、それを正当化するための多様な差別の実現、そしてそれを商機とする産業の利益拡大に使われてきたのである。

 

カナダの入植白人らは、非白人先住民であるイヌイットを番号で管理した。ナチスもまた、その属性や思想などを恣意的に有害認定した障がい者、共産主義者、スラブ人、ユダヤ人などを、一人ひとり着実に炙り出して殺戮するための識別にホレリス・パンチカードマシンを用いた。大量殺戮の利潤事業化にはアメリカ企業や大手監査法人もかかわった。それらが冷戦後の対テロ、安心安全ビジネスでも再起をかけていることは言うまでもない。