小森 恵(こもりめぐみ)
部落・ダリット差別プロジェクトコーディネーター
ネパール社会とダリット女性
今もカースト制度が社会で機能しているネパールにおいて、その最下層におかれているダリット、とりわけダリット女性は最も困難な状況のもとにおかれている。フェミニストダリット協会(FEDO)の情報によれば、ネパール人口約2,700万人のうちダリット女性は7.2%(約200万人)を占めており、カースト、ジェンダーそして社会階級の3つの根拠に基づく差別にさらされている。ダリット人口の42%は貧困線以下の生活を強いられ、63.8%のダリット世帯は十分な食事ができていない。ダリット女性の識字率は34.8%であり、ダリットの少女のうち中高教育に進学できるのは11.8%である。ダリット女性に対する暴力は、人身売買、強制売春、上位カーストとの結婚を原因とする暴力、魔女狩りなどさまざまな形態をとり、全ダリット女性の49%が何らかの形でこうした暴力を受けている。
1994年、ダリット女性のためにダリット女性が設立したFEDOは、ダリット女性のエンパワメントを通して差別をなくし、政治参加を促進し、社会的地位を高め、経済的資源や機会へのアクセスを確保するために活動してきた。発足から20年、FEDOは草の根レベルでダリット女性を組織化してきた。現在全国に56支部、2,154グループ、53,850 人のメンバーを有する。草の根のグループによる活動を中心に、カトマンドゥにある全国事務所が統括と調整機能を果たしている。活動は①アドボカシー、②メンバーの教育・トレーニング、③市民的政治的権利の促進・保護に大別される。ネパールで初めて作られたダリット女性の組織として、FEDOは国連や国際レベルの会議やキャンペーンにも積極的に参加してきた。
パルサ支部 4年間の取り組み
ネパール中央南部にFEDOの56支部の一つパルサ支部がある(地図、矢印が指すビルガンジはパルサ郡庁所在地)。IMADRは浄土宗平和協会の財政支援を得て、パルサ支部によるダリット女性の保健教育プロジェクトを4年間(2011年4月から2015年3月)支援した。このプロジェクトは、前述のFEDOの活動①から③を網羅していた。インド国境沿いにあるこの地方は首都カトマンドゥとは異なる様相をもち、さまざまな面でよりインドに近い。国境の町ビルガンジは毎日無数の車や人が国境を越えて行き来している。そのビルガンジにパルサ支部の事務所がある。2011年のプロジェクト開始当初5つあったグループは、2015年現在27に増え、メンバー数も357人となった。4年間で5倍以上に増えた理由にはいくつもの要因が考えられるが、その中でも支部長ニラさんのコミットメント、FEDO中央との連携、そしてダリット女性たちが社会的に閉じ込められ、抑圧されてきた経緯がある。
女性たちは貧困、因習的な差別、そしてダリット女性であるがゆえの社会的差別に直面してきた。貧困に対しては、グループの貯蓄活動(毎月、メンバーが数百ルピーを出しあい貯蓄)を通して共同で山羊を飼育したり、病気治療など緊急にお金が必要となった時の貸し付けができるようになった。また、日銭暮らしをしてきた女性たちは、貯蓄のもたらす意味を体験的に学んだ。因習的な差別に関しては、古くから女性の地位が全体的に低い中、とりわけダリット女性は抑圧的な地位におかれてきた。そのため、ダリット女性が家の外でFEDOの活動に関わり始めたことは女性にとって、また家族にとって大きな前進であった。そして社会的差別に対して、女性たちは集団であるからこそできる活動に取り組んできた。本来ならば誰でも利用できる保健や教育のサービスへのアクセスを、ダリットであることだけを理由に奪われてきた。自治体が意図的に女性たちを市民サービスの対象から除外してきた場合もあれば、文字の読み書きができない女性たちがその存在すら知らなかった場合もある。女性たちが組織化され知識やスキルを身につけ、自治体やその他サービス機関との交渉や対話をもつことにより、そうした機関の女性たちに対する態度に変化がみられるようになった。
残念ながら、社会に根付いてきたカースト意識と女性への軽視・蔑視は一朝一夕でなくなるものではない。女性たちは今後も貧困や日々の生活における問題に加え、社会的に蔓延する差別と排除に立ち向かわなくてはならない。
4年間のプロジェクトで何が行われ、どのような成果があったのか、FEDOパルサ支部の報告を以下に紹介する。
パルサ支部 4年間の活動の一部 (グループの定例会議や貯蓄活動等は除く)
▪保健、教育、農業に関する地元の政府機関へのロビー活動
▪ダリット女性グループの動員、促進、強化
▪プライマリヘルスと青少年に関するトレーニング
▪安全な母子保健に関するトレーニング
▪衛生意識向上の大衆集会
▪衛生意識向上のトレーニング
▪公共保健施設が提供するサービスについて知るプログラム
▪予防接種と栄養管理のトレーニング
▪コミュニティでの戸別訪問(衛生やDVに関して)
▪人権と法的権利に関するトレーニング
▪ジェンダー平等と女性のエンパワメントに関するトレーニング
▪夫婦教育トレーニング(DVおよび両性の平等)
4年間のプロジェクトによる成果の一部
▪コミュニティの住民は健康と保健、栄養、衛生について理解するようになった。
▪17人のダリットの男女がハンセン病の無料治療を受けた。
▪45人のダリットが結核の無料治療を受けた。
▪地区の畜産事務所から13,000ルピーの助成金を受け、家畜の飼育を始めた。
▪21人のダリット女性が保健所で性感染症の治療を受けた。
▪240人のダリット女性がHIV/AIDSの意識化に関するトレーニングを受けた。
▪地区公衆保健事務所の支援で4500個のコンドームを女性グループに配布した。
▪地区農業事務所とパルサ支部の世話で、18人のダリット女性が農作物栽培のトレーニングを受け、土地の貸与と無料の種子の提供を受け農業を始めた。
▪6人のダリット女性が政党の党員になった。
▪2人のダリット女性が地域の警察官になった。
▪女性グループはグムト制度(女性は外では顔を隠す慣行)の撤廃について大々的な議論を行ない、今、その慣行は大幅に削減された。
▪女性たちは息子と娘の間に差異をつけなくなった。彼女たちの娘はいま学校に入学するようになった。
▪パルサ支部の提言活動により、ダリット女性たちは市民的権利について学んだ。ガハワマイン・ダリット女性グループのコミュニティで25人の子どもたちが出生証明を得ることができた。(市民的権利の獲得)
▪バイヤラ・ビルタ村で2件の幼児婚が取りやめとなった。
最後に、上記4年間のプロジェクトは2015年3月で終了したが、浄土宗平和協会の引き続きの支援により、FEDOパルサ支部は2015年4月より女性に対する暴力(特にDV)をなくすため、あらたな4年間のプロジェクトにとりかかった。保健プロジェクトを通して得たさまざまな経験と知識をもとに、今度はコミュニティに蔓延しているDVの問題に、グループ活動そして支部活動を通して取り組んでいく。