小松 泰介(こまつ たいすけ)
IMADRジュネーブ事務所 国連アドボカシー担当
今年6月9日から11日にかけ、IMADR-JCの会員である「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」(以下、島ぐるみ会議)に招待され沖縄を訪問した。島ぐるみ会議は、2013年1月28日にオスプレイ配備撤回、普天間基地閉鎖および県内移設断念を求め沖縄の41市町村すべての首長、議会議長らが署名し安倍総理大臣に要請をした「建白書」を叶えるべく、政党、労働・経済界関係者、研究者や市民がこれまでの垣根を超えて設立したまさにオール沖縄の取り組みである。今回の沖縄訪問では、辺野古の新基地建設予定地をはじめ、高江のヘリパッド、普天間飛行場、嘉手納飛行場の視察から、沖縄戦の記憶を伝えるひめゆり平和祈念資料館と糸数アブラチガマまで案内していただいた。
辺野古の大浦湾は絶滅危惧種であるジュゴンの藻場や数々のサンゴ群集といった豊かな生態系を育んでおり、計画中の205ヘクタールという大規模な米軍基地施設が建設されれば深刻な環境破壊は免れない。また、配備予定のオスプレイ24機を含め大量の航空機の配備による事故の可能性や騒音被害をはじめとする住民生活への影響が懸念されている。大浦湾では、まず海上で抗議を行なう市民のみなさんの船に乗せていただき、浮具(フロート)やブイを固定するためなどとして沖縄防衛局が設置した約15~20トンのコンクリートブロックによるサンゴ礁へのダメージや、基地建設が進められた場合に伴う環境破壊や住民生活への影響について説明をしていただいた。海の上から見た島サンゴはとても大きく、両手を広げても端から端まで手が届かないぐらいに見えた。そこまで育つのにはとても長い年月がかかったことは想像に難くない。ところが、防衛局は無造作に巨大なコンクリートの塊を沈め、このようなサンゴも壊されてしまっているのである。
この時、政府が設定した立ち入り禁止区域の外側を船で周っていたのだが、私たちが境界線のブイに近づいた途端に防衛局の船が猛スピードで駆けつけ、そのまま外側を移動する私たちを追跡しながらブイから離れるよう繰り返していた。結局彼らは最後まで私たちのビデオ撮影をしながら監視をしていた。翌日には辺野古のキャンプ・シュワブのゲート前での抗議活動の様子を視察したが、その時にも政府職員が市民を撮影していた。これまでも海上での市民による抗議に対し、海上保安庁が多数の巡視船やボートを出動させて暴力を振るう事例が報告されている。これには抗議船に故意に衝突したり転覆させたりするほか、抗議活動を行う市民を海中で押さえつける、船上で喉元を押さえつけたり腕をねじりあげたりといった暴力が確認されている。このような当局による監視活動や暴力的な取り締まりは人びとを委縮させ、抗議活動に参加することを躊躇させることは明らかである。
最後に訪れたひめゆり平和祈念資料館と糸数アブラチガマで、沖縄の人びとの基地に反対する闘いの原点を知ることができた。1945年3月から始まった米軍の上陸作戦に伴い、沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等学校(通称「ひめゆり」)の生徒222人と教師18人は陸軍病院に配属された。彼女たちは過酷な状況の下、負傷兵の看護や水汲み、死体埋葬などに従事していたが、6月18日に突然「解散命令」を受ける。指導者を失った彼女たちは逃亡中に砲弾やガス弾で命を落としたり、手りゅう弾によって自決した結果、陸軍病院に動員された240人中136人、在地部隊その他91人が亡くなっている。糸数アブラチガマは全長270メートルの自然洞窟で、沖縄戦の終盤では陸軍病院の分室として使用された場所である。ガマの中は真っ暗で肌寒く、とても湿気が多かった。沖縄戦の時はそこに約600人の負傷兵が運び込まれたが、病院が撤退すると死体と一緒に負傷兵も取り残されたそうだ。米軍による本土までの進攻を一日でも遅らせるために日本軍は防衛・持久作戦をとり、そのために県民の根こそぎ動員を行なった。これによって住民の4人に1人にあたる12万人以上の沖縄住民が命を落とした。この凄惨な悲劇を経験した沖縄の人びとが身を持って知ったのは「軍隊が集中しているところが攻撃をされ、軍は市民を守ってはくれない」という教訓である。辺野古新基地建設反対の根本にはこの沖縄戦の悲しい教訓があるのである。
昨年、国連人種差別撤廃委員会による日本審査が行われたが、委員会は日本政府が琉球の人びとを先住民族として認め、彼(女)らの権利を保護する措置を取るよう勧告をしている。また、琉球の権利の促進と保護に関連する問題について、琉球の代表者との協議をより行なうよう勧告している。この協議とは、「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(Free, Prior and Informed Consent (FPIC))」と呼ばれる国際基準である。これは、先住民族コミュニティの暮らしに影響するプロジェクトなどを実施する前段階で、国や関係者は十分な透明性を持って情報を共有した上でコミュニティの合意を得なければならないということである。この勧告は協議のみに限るものでなく、琉球・沖縄の人びとの先住民族性を認識するよう求めていることから2007年9月に国連総会で採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」で謳われる多岐にわたる権利が適応されることを意味している。この宣言には、「自らの政治的地位を自由に決定し、ならびにその経済的、社会的および文化的発展を自由に追求する」ための自己決定権(第3条)や、先住民族に影響を与える可能性のある立法的または行政的措置を講じる際には、国家は事前に情報を提供して先住民族の代表者と協議して合意を得なければならないことが定められている(第19条)。さらに、先住民族の土地や領域において、環境有害物質の貯蔵や廃棄(第29条)、軍事活動(第30条)を事前合意なしで行ってはならないことも規定されている。列挙した条文はすべて沖縄の状況にも当てはまり、いかに日本政府がそのすべてを侵害しているのかが一目瞭然である。
しかし、日本政府は琉球・沖縄の人びとを先住民族とは認めず、沖縄県出身者および居住者は日本国民として憲法の下にすべての権利が平等に保障されていると委員会に対して回答している。しかし、現実では日本国土面積の0.6%しかない沖縄に在日米軍専用施設全体の74%を集中させることで住民に不平等な負担を押し付けている上に、抗議活動に対しても過剰な抑圧行為が行われている。このような状況を懸念し、IMADR は6月の人権理事会29会期で沖縄に関する口頭声明を発表した。声明の内容は、県民の大多数が環境権をはじめとする人権侵害の可能性からも新米軍基地建設に反対しているにもかかわらず日本政府が計画を中止しないことを指摘し、環境・人権活動家、平和活動家やデモ参加者に対する警察と海上保安庁による暴力について懸念を表明した。また、2014年に国連人種差別撤廃委員会から、琉球・沖縄の人びとを先住民族と認め、権利保護と促進のための代表との対話の強化を促すよう勧告されたことを引用し、先住民族の権利宣言に則って琉球・沖縄の自己決定権を尊重し、平和的にデモをする人びとへの暴力を止めるよう日本政府に求めた。今後もIMADRは島ぐるみ会議と協力して国連での提言活動を展開していく。それにはみなさんからの応援の声が一番の力になる。