院内集会主催者を代表して 師岡康子(もろおか やすこ)
外国人人権法連絡会、弁護士
これまでのマイノリティ当事者からの報告で、日本の人種差別の深刻な実態の一部が明らかになった。特に、ここ数年悪化したヘイト・スピーチ、ヘイト・クライムの問題は、マイノリティに属する人びとの尊厳を傷つけるだけでなく、社会に差別と暴力を蔓延させ、マイノリティを黙らせ、社会から排除し、民主主義を破壊し、ひいては戦争やジェノサイドにも突き進んで、国際社会へも大変な被害をもたらしかねない。
このような日本における人種差別の一番の問題は、国が人種差別問題の存在、あるいはその深刻さを正面から認めることから逃げ、取り組まず、放置していることである。
人種差別問題は、歴史的、構造的な問題であり、植民地支配をはじめとして、国の差別的政策に主要な原因がある。1965年に成立した人種差別撤廃条約自体、前文で、「国際連合が植民地主義並びにこれに伴う隔離及び差別のあらゆる慣行(いかなる形態であるかいかなる場所に存在するかを問わない。)を非難してきたこと、並びに1960年12月14日の植民地及びその人民に対する独立の付与に関する宣言(国際連合総会決議第1514号(第15回会期))がこれらを速やかにかつ 無条件に終了させる必要性を確認し及び厳粛に宣明したことを考慮し」ており、植民地主義への反省の上に成り立っている。同条約は、国が人種差別撤廃に責任を負うことを責務とし、同条約2条1項(c)では、「各締約国は、政府(国及び地方)の政策を再検討し及び人種差別を生じさせ又は永続化させる効果を有するいかなる法令も改正し、廃止し又は無効にするために効果的な措置をとる。」として、国自身が人種差別を生じさせてきた歴史的事実を踏まえ、自らの政策を改める責務を課している。しかし、日本では、現在も、朝鮮学校の高校無償化制度からの排除のように、国が公的、制度的に差別を行っている。国が率先して、自らのこれまでの差別的な政策を反省し、改めなければ、社会から差別がなくなるはずがない。
日本は、国連の人種差別撤廃条約に1995年に加盟し、今年で20年になるが、政府は、国連の人種差別撤廃委員会の3回の審査の中で厳しく指摘されてきたように、人種差別撤廃に真摯に取り組んでこなかった。不十分というよりも、政府はこれまで差別から意図的に目を背けてきたと言わざるを得ない。
たとえば、政府は2013年、人種差別撤廃委員会に対し、3回目の報告書を提出したが、そこには13年も前の、2000年に出した第1回目の報告書や2008年の第2回目の報告書からの引用が多用様されている。その間、差別が悪化しているのにもかかわらず、何の検討もしてこなかったことが明らかである。2014年の委員会の審査においても、何人もの委員からその不誠実さを指摘された。また、差別デモはここ数年大きな社会問題となり、京都朝鮮学校襲撃事件の刑事事件判決、奈良水平社前差別街宣民事事件判決などの判決も相次いだのに、政府は、2013年1月提出の報告書でも、2014年8月の同委員会の審査の場でも、「現在の日本が人種差別思想の流布や人種差別の煽動が行われている状況にあるとは考えていない」と主張し、ヘイト・スピーチの蔓延から目を背けていることがあらわになった。この言い回し自体、2001年に政府が委員会に提出した、第1回の勧告に対する反論の文書の中で使われたものであり、その後何らの検討もせずに13年間も使いつづけているのである。さらに、委員会の2014年の総括所見においても、政府が、前回2010年の委員会の勧告について、あたかも勧告が存在しなかったの如くにほとんど触れておらず、勧告に取り組んでいないことが冒頭から厳しく指摘された。さらには、3回の審査で毎回、マイノリティの集団とその差別の状況について実態調査をするよう勧告されているが、国はそれを一切無視してきた。実態調査がなされず、差別の実態が国レベルで明らかにされておらず、人種差別撤廃政策自体が策定されず、人種差別問題について担当する省庁すらない。人種差別撤廃法制度の柱である、人種差別禁止法もない。ヘイト・クライムやヘイト・スピーチを規制する法律もない。人種差別撤廃のための教育プログラムもない。人権政策を監視し、推進するための、政府から独立した国内人権機関もない。国際人権基準の観点から締約国に住む個人の救済を行う「個人通報制度」も一切受諾していない。すなわち、人種差別撤廃委員会を含む国連のすべての人権条約監視機関から再三指摘されてきたように、国際人権基準のもとめる人種差別撤廃法制度がほとんど何もない状態である。これは、国際的に比較してみても、非常に遅れた状態である。
このような深刻な状態が続いてきたが、2013年、ヘイト・スピーチが日本ではじめて社会問題化し、日本の国内外から批判が高まった。それを受けて、2014年4月には、国会で、超党派の「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」ができた。この「人種差別撤廃基本法」とは、人種差別撤廃条約を基礎に置き、まず国が人種差別撤廃に取り組む責任があることを明確にし、人種差別が違法であることを宣言し、かつ、差別の実態調査を行って人種差別撤廃政策を策定する、一定の独立性がある機関を設置する理念法・組織法である。人種差別撤廃法制度がまったくない現状からすれば、障害者差別に関する障害者基本法や、女性差別に関する男女共同参画社会基本法と同様に、基本法という枠組みを作ることは確実で大きな第一歩である。
他方、2014年8月には自民党に、翌9月には公明党に、ヘイト・スピーチ問題対策プロジェクトチームが出来た。与党もこの問題を具体的に検討し始めたことは評価するが、これまでのところ、ヘイト・スピーチを人種差別問題として位置づけておらず、表現規制か否かとの問題に切り縮め、人種差別撤廃基本法制定への態度が不明確である。
しかし、人種差別撤廃委員会などから勧告されているように、小手先の現行法の運用の改善で解決する問題ではなく、国際人権基準に見合うよう、国が責任をもって、人種差別撤廃法制度を整備することが急務である。ヘイト・スピーチ問題ひとつとっても、現在焦点化している差別デモは、朝鮮人一般など、不特定の集団に向けられている場合には合法であり、止めることはできない。また、デモ主催者らはマイノリティに属する人々を意図的に傷つけており、一般的な啓発では対処が不可能である。
ヘイト・スピーチは拡大し、在日朝鮮人などのマイノリティへの差別感情が固定化し、拡大しつつあるのみならず、マイノリティへの物理的な暴力を伴うヘイト・クライムも増えている。国際的にも、人種差別撤廃条約に違反し、最低限の国際人権基準すら満たさず、政府が自らの人種差別政策を改めず、また、人種差別の実態から目を背けていることは許されない。
私たち人種差別撤廃NGOネットワークに集まったマイノリティの当事者団体とNGOは、政府と国会が一丸となり、直ちに人種差別撤廃基本法を制定することからはじめ、人種差別撤廃法制度を整備することが急務であると強く訴える。