日本における琉球民族に対する差別

渡名喜守太(となき もりた)
琉球弧の先住民族会

琉球は明治初期に日本に併合されるまで独立国だった。中国の朝貢国として東アジア世界の一角を占めており、アジア諸国や西洋諸国との交易で栄えてきた。他のアジア諸国と対等につきあい、19世紀半ばにはアメリカ、フランス、オランダと条約を結んだ。江戸幕府に対しても使節を派遣していたが、1879年に日本によって武力による脅迫で併合された。
 併合後の日本社会において琉球人は差別されてきた。琉球の社会や文化、慣習、風俗、言語は野蛮で後進的とされ、公的に根絶の対象とされた。また、日本政府は琉球人に対して同化政策を行い、日本への同化を強制した。琉球人は日本人に改造され、日本の法律に従わされ、土地、領域、資源、文化、言語、歴史、信仰、価値観や自らの問題を自らで決定する権利(自己決定権)など民族的権利、財産を奪われた。日本人化を強制しながらも日本は琉球人を差別し、日本社会において結婚差別はもとより、戦前期は「琉球・朝鮮お断り」と言われ住居を借りる場合の差別もあり、日本社会において琉球人たちは改姓し身元を隠して生きてきた。
 昭和に入り日中戦争が始まると皇民化教育のもと、琉球独自のものは一層排除、根絶の対象とされた。言語の撲滅、改姓、信仰の破壊、風俗の矯正、日本化が強制された。1945年の沖縄戦では、住民の多数居住する沖縄本島で地上戦が行われ、琉球人の約3分の1が命を落とし、かけがえのない民族的文化遺産や自然も失われた。沖縄戦では日本軍は琉球人をスパイ視し、殺害命令を出して殺害したが、いまだに日本政府をはじめ、戦争指導者や日本軍関係者、直接の加害者個人など誰一人処罰されていない。
 戦後米軍に占領された琉球では、米軍が住民を居住地区から銃剣とブルドーザーによって強制的に追放し、国際法に違反した軍事基地を建設した。1972年の「日本復帰」後は再び日本の法律に支配されるようになり、日本政府は琉球人を独自の民族として認めず、権利も奪い、日本人が琉球のあらゆる領域に対して権利を持つようになった。土地や資源も奪われ、自らの運命を決める政治的決定も自ら行えない。教育も日本の教育が行われ、独自の言語、歴史、文化、精神世界を公教育の場で行なう権利は実質的に奪われた。
 米軍基地は「日本復帰」後もそのまま残り、さらに自衛隊も配備された。過去の歴史、特に沖縄戦における日本軍の琉球人虐殺の記憶をめぐっては日本から憎悪を向けられ、米軍基地問題に関しては、日本の法律によって琉球人の土地が強制的に取り上げられ米軍基地に使用された。1995年に発生した米兵による少女暴行事件以降、日本社会において琉球に対する憎悪が顕在化し、2000年代に入ると沖縄戦に関する歴史認識問題、教科書検定問題や採択問題も起き、これをめぐって琉球に対して日本社会からさらなる憎悪が向けられるようになった。
 現在は沖縄戦や琉球併合などの歴史問題、米軍基地問題に加えて自衛隊配備強化問題とそれに付随する形で中国との領土問題も起き、軍事的緊張も高まっている。また、日本からの移住者の増加や企業の進出等によって琉球内部における経済的・社会的格差が起き、琉球人の貧困、社会的下層化など社会的不平等が起きている。
 近年、琉球独自の言語、文化、アイデンティティーに対する琉球人自身の認識の高まりから琉球人の自覚が高まり不満や危機感が増大し、日本に対する反発も強まってきた。それに対して日本社会からはより一層の憎悪が向けられるようになった。事有るごとに琉球側からなされる日本に対する異議申し立てや反発に対して日本側からはヘイトスピーチが盛んになされるようになった。公人によるヘイトスピーチは後を絶たず、最近では殺意を含む内容の書き込みがネット上でも見られるようになった。
 このようなヘイトスピーチとともに、特に米軍基地問題では日本政府は強硬路線をとり、高江のヘリパッド建設では、日本政府はスラップ訴訟を起こし、オスプレイ配備では、反対して基地を包囲した琉球人を警察が強制排除した。辺野古では海上保安庁職員が抗議行動に対して船やカヌーを転覆させ、市民を海に落とし、暴力的な拘束をするなど迫害とも言うべき弾圧を行っている。

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