『やる気とか元気がでるえんぴつポスター』

金益見著 文藝春秋発行、定価:950円+税、2013年

土屋 一登(つちや かずと)
IMADRインターン

鉛筆型の用紙に短い作文が書かれた「えんぴつポスター」。大阪市立東生野夜間中学校生が1年に一度、自由にテーマを決めてそれぞれのペースで書き上げます。「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」を読んで、私自身にとっては当たり前に映っていた風景について深く考えさせられました。その中で一番印象に残った二枚のポスターを紹介します。

一枚目は、「回覧板に 書いてることが わかるようになった」というポスター。私の出身地は長野県の田舎です。その地域では、住民が回覧板を使って連絡を取り合っています。インターネットを使う方が少ないことに加え、電話だと非効率なので、情報の共有がしやすいのかと思います。いまでも帰省すると、お隣さんから回覧板がまわってくることが多々あります。町の行事の日程、ゴミ出しの際の注意事項、町内会の決めごとなどが書かれています。当たり前かもしれませんが、これらはコミュニティで生活していく上で大切な情報です。回覧板がまわってくる風景があまりに当たり前になってしまい、それがわからなかった場合にコミュニケーションが成立せず、生活に支障をきたす可能性があるということを考えもしませんでした。

二枚目のポスターは、「夜間来て 初めて 選挙に行って 嬉しい」です。私は大学生のころ、人生で初めて衆議院選挙の投票に行き、とてもワクワクしました。大学で政治学を専攻していたこともあって、自分なりに「どの候補者に投票するか」を熟考した覚えがあります。しかし、「候補者の名前が書けるか」とは心配しませんでした。政治参加は参政権として一般に等しく与えられていますが、文字が書けなければ投票所で候補者の名前を書くことができません。これもまた、投票という一見当然の流れの中にそういったハードルにより投票が出来ないということにいままで気づきませんでした。初めての投票で私が感じた嬉しさとは、ひと味ちがう嬉しさを生徒さんは感じたのだと思います。

しかし、生徒さんたちはなぜいままで文字がわからなかったのでしょうか。夜間中学校の生徒のバックグラウンドは様々ですが、85%が在日コリアン一世・二世です。また、そのうち92%が女性です。女性の生徒数が多い理由は、戦中や戦後に「女性に教育はいらない」という偏見が多くあり、学校に通うことができなかったからです。それが差別や教育格差にもつながっていて、また、そういうところから結果として社会的な疎外や排除に繋がるのではないでしょうか。日常生活に存在するなにげない事柄に対して少しだけでも注意を払ってみると、そこには見過ごす事の出来ない社会的な問題が関係しているように思います。