女性差別撤廃委員会での複合差別に関する議論の進展と日本(1)

林陽子(女性差別撤廃委員会委員長、弁護士、IMADR-JC顧問)

女性差別撤廃委員会(以下、委員会)には、国連加盟国193ヶ国の内、188ヶ国が加入しているが、人権侵害国といわれるイラン、スーダン、ソマリアに加え、米国も未加入である。委員会の主な仕事は、4年に1度締約国から提出される国家報告書を審査することで、ここに大きな比重が置かれている。個人通報が規定されている選択議定書には、105ヶ国が批准している。この個人通報は、自国で女性差別撤廃条約(以下、条約)に抵触する女性差別にあった被害者が自国の裁判所で救済を得られなかった場合に直接委員会に訴えることが出来る制度である。過去2年間、この個人通報作業部会の委員長をしていたが、作業部会のメンバーでありながら自国が個人通報制度を導入していないのは日本だけで、居心地の悪い思いをした。また、委員会は一般勧告という条約のガイドラインをつくる仕事も担っている。

1.女性差別撤廃条約とマイノリティ女性
2010年の一般勧告28以後、委員会で複合差別が大きく取り上げられるようになった。この勧告訳は内閣府のサイトから見ることが出来るので見てほしい。一般勧告28では、複合差別について「差別の交差性」という言葉を用いている。女性に対する差別は、人種、民族、宗教、健康、社会的地位、年齢、階級、カースト、性的指向、ジェンダー・アイデンティティー等、他の要因と関連しており、そのような集団に属する女性は男性とは異なる程度や方法で影響を受けている。そのため締約国は、このような差別の交差的形態や該当女性に対する複合的な影響について、法律で認識し、差別を禁止しなければならない。そこで大事なことが、条約4条1項の暫定的特別措置である。委員会では、この特別措置は永久的な措置ではなく、平等を達成する過渡的措置と捉えている。2009年には暫定的特別措置に関する一般勧告25をだした。特定の集団に属する女性は、女性であるために向けられる差別に加え、人種、民族、宗教、障害、年齢、階級、身分、その他の理由による複合的差別により苦しんでいる場合があること、そのため、締約国は複合的差別を根絶するために特定の暫定的特別措置をとる必要があり、積極的行動をとらなければならないことを明言した。
もともと国際人権法は締約国に3つの差別撤廃義務を課している。1つは、差別的な法律をもたない、政府が自らの法律や条例で差別をしないという促進義務。2013年の最高裁判決によって民法が改正され、婚外子の相続差別がなくなったように、法律自らが差別をもたないことが一番の基本的義務である。2つ目は、保護義務。会社での女性差別など、民間における差別から保護する義務である。3つ目は充足義務。これは、過去に生じた差別や現に起こっている差別に対して、国に積極的行動をとる義務があることを示している。

2.障害者の権利条約
  ――「複合差別」が法令用語に
2014年に日本は障害者権利条約を批准しており、その6条では、締約国は、障害のある女性が複合的差別を受けていることを認識し、障害のある女性が全ての人権と基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとると定めている。DV法も国籍の有無に関わらずと定めており、そのための指針や省令が制定されたことにより、複合差別はDV法を通じて日本の法令用語になった。単なる宣言文書ではなく、国内法として効力のある条約の中に「複合的差別を受けている」という文言が入ったことは、今後日本の政策を作る上で非常に重要であり、国際人権法の大きな発展が障害者権利条約6条にはある。

3.2009年の委員会による日本審査
これまで委員会は、各国に対して30~40の勧告を出していたが優先順位が示されていなかったため、その国にとって最重要で緊急な課題について2つのフォローアップ項目が指定されることになった。2009年に日本に出された課題は、夫婦別姓や婚外子差別の撤廃、再婚禁止期間の撤廃、婚姻年齢の同一などを含む民法改正と、社会のあらゆる分野で数値目標と時間的期限を設けた暫定的特別措置をとることである。日本政府が提出したフォローアップ報告書では、暫定的特別措置に関して第三次男女共同基本計画が高く評価されたため、この課題はすでに履行されたと評価された。一方、民法改正についてはまったく動きがない状態で、9月に委員会に提出された国家報告書でも、世論の動向を見ている状況と報告されている。

4.2014年に委員会へ提出された
  国家報告書
国家報告書の中には、「マイノリティ女性について」という項目がはじめて入っており、第三次基本計画の内容を引用し、外国人、アイヌの人々、同和問題等、女性であることで複合的に困難な状況に置かれている人たちに対しては、その実態把握に努め、人権教育・啓発や救済をしていくことが述べられている。問題は、「関係府庁は出自や国籍を限定した特別の施策の枠組みを設けるのではなく」と記載されている点である。つまりマイノリティ女性に対する政策は行なうが、どのグループのマイノリティに対して行うのか、あるいはどのグループに困難があるかということには特定の枠組みを設けないとしており、一般的な人権施策の中で救済を図るとしている。さらに問題なのは、人権に関する基本計画や人権擁護機関、アイヌ生活実態調査等、政府が行なっていることはあるが、差別被害者の受け皿、すなわち苦情処理機関はどこになるのかが不明確な点である。そのため苦情を受け付け、人権侵害事案を調査する国内人権機関が必要であり、この欠落が日本の人権政策を乏しいものにしている。日本政府の尽力は認めるが、それから先に一歩踏み出さないといけない。特に日本は、国連加盟国の中では恵まれた条件が整っており、他国のモデルとなることをする必要がある。
5.委員会の今後の予定と展望
  ―NGOに期待する役割
女性差別撤廃委員会による次の日本審査は2016年になりそうである。その前に事前質問表を作るが、委員会はこの質問表を重要視している。事前質問は25問のみなので、その中に女性に対する雇用、教育、国籍法、政治参画等の問題と合わせて、マイノリティ女性の問題をどう組み込んでいくのかが一番大事である。来年開かれる質問表作成のための事前作業部会では、NGOが発言や文書配布する機会があるので、委員会のサイトで期日や予定を確認してもらいたい(2)。NGOにできることは、ロビーイングだけではない。むしろ先進国のNGOは、国別のテーマを越えた様々な共通課題を多く提言してくれている。委員たちもそれに刺激を受け日々の業務を行なっている。
先日開催された委員会59会期で、委員会ははじめて子どもの権利委員会と共同で有害な慣習に関する一般勧告31を採択した。女性性器切除や重婚、子どもの早期婚姻は、女性差別でもあり子ども差別でもあり共に取り組む課題である。また、委員会は1991年の一般勧告18で障害のある女性についての指針を出しているが、政府は障害のある女性について報告するようにという短いものだった。今後、障害者権利委員会と共同で勧告を出していくべき課題であり、委員会としても関心を持っていきたい。NGOからの情報提供もぜひいただきたい。
今会期は8ヵ国の審査を行なったが、全ての国でマイノリティ女性の問題が勧告に入った。私は中国の審査を担当したが、ウィーグルやチベットの女性に対する差別や障害のある女性への差別の問題が関心対象となっ
た(3)。
以上が現在の委員会の活動である。2015年は日本が女性差別撤廃条約を批准して30周年、北京会議から20周年となり、非常に大きな節目の年となる。何か運動を起こす際、機運は大事なので、この機運を大事にして皆さんと一緒に何か動きをつくっていきたい。
(編集:中島、原)

(1)この記事は、2014年11月19日に開催したマイノリティ女性フォーラムでの特別報告の内容をまとめたものである。同内容の動画や当日配布されたレジュメおよび参考資料は、IMADRのウェブサイトに掲載。
(2)委員会第63会期の事前作業部会は2015年7月に行われ、本審査は2016年2月にジュネーブで行われる見込み。第63会期は2月15日から3月4日まで。http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/CEDAW/Pages/CEDAWIndex.aspx 参照。
(3)中国、ベルギー、ブルネイへの総括所見の抜粋仮訳はIMADRのウェブサイトに掲載。