山﨑 鈴子(やまざき れいこ)
部落解放同盟中央本部女性運動部長
伊藤智佳子さんとの出会いから
複合差別の問題意識を共有できる障がいのある女性と出会ったのは、2002年、名古屋市男女平等参画審議会委員になったときである。委員の一人だった伊藤智佳子さんは、大学で社会福祉の講師をしており、女性障がい者の自立、女性障がい者へのDV救済策に取り組んでいると自己紹介された。
審議会は、1:教育・啓発部会、2:女性の人権部会の二つの部会で審議が行われ、彼女は第2部会、私は第1部会に所属したため、全体会の中でしか会うことがなかったが、審議会では活発な議論が行われ、2004年11月5日、名古屋市男女平等参画審議会答申「男女平等参画都市をめざして」を出した。内容は当時としては画期的な内容であった。答申は「男女平等参画先進都市」をめざして、4つの項目(1)からなり、答申項目の「3 見えない差別に目をむけるため」の項目は全国の自治体としても画期的な内容であった。
この答申を出すことができたのは、前述した女性障がい者、部落女性という当事者が審議会に委員として参加していたこと、委員の中にも、被差別当事者の意見を聴こうという姿勢の方が多かったこと、そして名古屋市男女平等参画室にも当事者の声を積極的に受け止めようとする職員がいたことによる。
さらに、この答申を後押ししたのは、2003年8月に国連・女性差別撤廃委員会から日本にだされたマイノリティ女性に関する勧告である。名古屋市の答申は左記の通りである。
女性障がい者が普通に働くということ
名古屋市男女平等参画審議会での出会いをきっかけとして、伊藤さんとの付き合いが始まった。私が彼女とのかかわりで学んだことは、女性障がい者が普通に働くということであった。彼女と出会うまで私の意識の中には、「普通に働く」ということが欠落していた。私の中にある女性障がい者への差別意識に初めて気付いた時であった。それまでは、障がい者とりわけ女性障がい者は「保護」される人という意識であった。彼女の自宅に伺い、生活や仕事など様々な会話を重ねる中で、女性障がい者の様々な複合差別に私自身気づかされた。住宅の仕様は、彼女の障がいに合わせて設計されており、日常の生活はヘルパーを入れ、暮らしている。障がい者が町で普通に暮らすことに取り組んできたグループで訓練を受けたという。ここまで来るのに大変な訓練が必要であったとのこと。ゴミ出しに困ったりしたことや仕事や買い物はヘルパーによる介助を依頼していることや障がい者用トイレ(いまでいう多機能トイレ)が整備されているのかどうかを確認してから出かけなければならないことなど、私にとっては何でもないことが、彼女にとっては一つ一つ解決をしていかなければならないことだった。このようなことを私が感覚として感じられるようになったのは、彼女の家に伺ったり、学校の学生さんのことで一緒に動いたり、愛知部落解放・人権研究所の講師を依頼したとき、来て頂くための打ち合わせや、会場の下見などともに動くことによってであった。女性障がい者であるが故の課題についても聞かせていただいた。
『障がいのある女性の生活の困難
複合差別実態調査報告書』から学んだこと
DPI女性障がい者ネットワークによる実態調査が2011年に実施され、報告書としてまとめられている。「本事業の経緯と目的」で述べられていることは、私たち部落女性が実態調査を自ら実施するに至った経過と多くの点で共通していた。「国は『障害者』という集団をひとくくりにして性別による格差は注目せず…(後略)」「障害者運動も、女性固有の困難やニーズに焦点をあてたものは少なく、私たちが抱える問題に気づかず放置されてきたと言わざるを得ませんでした。同時に女性運動の中でも障害女性のニーズに着目した取り組みはまだ少ないです。」部落女性が自らを可視化するため実態調査にとりくんだ思いと同じであった。この問題意識は一緒に実態調査に取り組んだアイヌ女性、在日コリアン女性の認識とも共通したものだった。
このDPIの女性たちの調査では、回答者87人のうち、35%もの女性が「性的被害」を受けたと回答している。本当につらい回答が表に出てきたのは、当事者が行った調査だからこそできたものだと思う。仕事や介護、DV、恋愛、結婚、家事、子育て、家族介護、などあらゆる分野での障害女性の実態が可視化できた貴重な調査である。
私が女性たちの取り組みからさらに学んだことは、DPIの女性たちが生きにくさに関する調査と共に、都道府県の制度・政策調査も行ない、障害女性のニーズに対して課題を解決するための支援制度等の政策が見られないことを明らかにしている点である。報告書の「複合差別調査―制度・政策編」では、「都道府県の男女共同参画とDV防止計画のなかの障害女性」として、男女共同参画基本計画と年次報告、DV防止計画から、障害のある女性に目を向けている記述を抜粋し、47都道府県毎の一覧表にしてあるのだ。まったく記述がない県は空白になり、各県での取り組みが一目瞭然である。見える形にしていくことの大切さを感じた。部落解放同盟としても、複合差別や部落女性のことを各自治体が定める基本計画の中にいれていくよう各地で要請してきたが、要請してきた地域では、障害女性と共に「同和問題」等の記述がなされていた。地道に運動を続け、広げていくことの大切さも改めて感じた。このような当事者による調査や政府への長年の粘り強い働きかけによって、国は、第3次男女共同参画基本計画(2010.12.17閣議決定)の「第8分野 高齢者、障害者、外国人等が安心して暮らせる環境の整備」において以下の通りはじめて複合差別の視点をいれた。
「障害があること、日本で働き生活する外国人であること、アイヌの人々であること、同和問題に加え、女性であることからくる複合的に困難な状況に置かれている場合がある。さらに性的指向を理由として困難な状況に置かれている場合や性同一障害などを有する人々については、人権尊重の観点から配慮が必要である。このため、男女共同参画の視点に立ち、様々な困難な状況に置かれている人々が安心して暮らせる環境整備を進める。」
初めて国の基本計画に複合差別の視点が入った意味は大きく、このことによって、都道府県や地方自治体の男女共同基本計画や推進プランに複合差別についての文言が入った。全自治体で入ったわけではなく、当事者の運動がある自治体で複合差別の視点が入ったと言って良いだろう。
複合差別の渦中にある当事者たちが、国連勧告に後押しされ、自らの課題を可視化するため実態調査を行ったことは、国や自治体、女性運動を担っている人たちに少なからず影響した。自分たちのグループの中で複合差別について理解し、ともに取り組めるようになることも大きな課題である。
昨年11月に東京で行ったマイノリティ女性フォーラムで、DPIの女性障がい者と繋がることができた。部落女性のアンケート調査では、「あなたやあなたの家族に障害のある人がいますか」「障害手帳を持っていますか」との問いにとどまっている。部落女性の障がいのある女性についての調査まで今回は至っていない。
被差別部落の女性は、部落差別、女性差別、障がい者差別をはじめとするさまざまな複合的差別が交差している中にいる。女性障がい者との出会いを通して、部落の中の障がい女性に光を当てていかなければないということを今、痛感している。出会い、語り、お互いの生活に触れ合うことで相手の立場を考えることのできる部落女性の運動を展開していきたい。