性産業のはざまで: 貧困や経験不足、関係性のなさにつけこんだ若年女性の人身取引

藤原志帆子(ふじわら しほこ)
ライトハウス代表

■ ライトハウスについて
ライトハウスは、強要による性的搾取および労働搾取、いわゆる人身取引(注)をなくすための活動を行っているNPO法人である。具体的には、①人身取引に関する相談や通報ができるホットラインの運用と被害者の救済、②行政や福祉関係者などへの研修・講演活動、③政策提言、の3事業を行っている。2004年の設立から、これまで3,800件を超える相談への対応、2万人を超える方々への研修・講演の実績を積んで来た。
設立の経緯は、私が、米国の反人身取引NGO「ポラリスプロジェクト(現ポラリス)」で1年弱働いたことがきっかけであった。そこでの体験と、日本の状況の深刻さや取り組みの遅れを知ったことで、2004年に日本支部としてポラリスプロジェクト・ジャパンを立ち上げ、日本で唯一の人身取引に関するホットラインの運営を始めるに至った。
その後、より国内の問題に特化し、独立した運営を行うために、2014年より人身取引被害者サポートセンター ライトハウスとして独立した。「ライトハウス=灯台」という名前は、暗闇の中にいる被害者に、希望の光を発信し続ける存在でありたい、という願いからきている。

■ 日本の現状
人身取引を禁止したり被害者の救済支援をする法律がないなど、日本の取り組みの遅れが、世界から厳しい指摘を受けていることは知られていない。2004年には米国国務省の人身取引年次報告書で「人身取引根絶の最低基準を満たさない国」と、先進国最低の評価を下され、それは今も変わることはない。にも関わらず、各国で既に制定されている「人身取引禁止法」が、これまで国会でまともに議論されることもなく、この問題の根絶に取り組む意志が政府にあるのか、甚だ疑わしいと言わざるを得ない。

■ 人身取引被害事例
では、日本でどのような人身取引が起こっているのか。ライトハウスが見て来た、様々な人身取引被害の実態をお伝えしたい(実際の相談を元に再構成)。

①障害を抱えた女性への性的搾取
境界性人格障害である専門学校生Aさんは、治療のために入院したものの、退院後に失踪。生きづらさと孤独を感じていた彼女を優しく受け入れたのは、風俗店のスカウトや怪しい金融業を営む人間たちだった。この障害を持つ人の多くは、周囲の人々に見限られたり、愛想を尽かされたりするのではないかと不安でたまらなくなる。継続した治療が必要と診断されていたにも関わらず、Aさんが唯一相談できたのは家族や友人ではなく、彼女の不安につけ込み、それを利用し洗脳した張本人である、スカウトの男Bだった。BはAさんと親密な関係になり、心身ともに彼女を支配する。その後、Bの求めに応じて風俗店で働くことにした理由を、「求められたし、褒められたし、客も店員も喜んでくれたから」とAさんは言う。支配と騙しの典型である。だが、事態は悪化した。買春客からのクレームがあったと言っては罰金を課したり、無理やり引っ越しさせて借金を作らせ、法外な診療費を取る医院での性感染症治療費を請求するなど、Bの言うままに借金を重ね、Aさんは債務奴隷となっていったのだ。弱い立場の人間を騙し、搾取する―まさしく国連が定義する人身取引なのだが、家族や私たち支援団体にできることは、本人が「やめたい」という意思を持ち、自らの意思で帰って来るのを待つことだけ。家族から相談を受けたライトハウスは、いつでも戻れるような環境作りを手伝い、そして家族の粘り強く献身的な努力の結果、1年以上の時を経てAさんは戻って来れたのだった。しかし、障害をもつ若者を騙し、風俗店で働かせることを取り締まる法的な枠組みは、今現在も存在しない。

② アダルトビデオへの強制出演
地方在住のCさんは、東京に遊びに来た時、モデルにならないかとスカウトされる。芸能界に憧れ、上京したいと考えていたCさんに、業界に精通しているというDは、すぐに都心に部屋を用意した。しかし、この男は、アダルトビデオメーカーに若い女性を斡旋する人間だったのだ。上京して来たCさんは、モデルの仕事だと言われ、郊外の施設へ案内される。だが、そこはアダルトビデオの撮影現場だった。Cさんは小さな部屋に監禁され、「君のポルノを撮るために何人もの一流のスタッフが集まっている、だから出ないなんてあり得ない。もしキャンセルしたら、とんでもない額の違約金を払わなければならない」などと脅される。そうした脅迫を何時間も続けられ、助けも呼べず、Cさんは泣きながら出演してしまう。数日後、友人の助けでライトハウスに相談した彼女の目的は、撮られたビデオの販売を止めることであった。すぐさまライトハウスと連携する弁護士に委任し、出演が脅迫により強要されたものであるからと販売の停止を要請し、今のところ差し止めに成功しているが、出演を強要した証拠が巧妙にカモフラージュされたり、一旦ネットで拡散されるとその回収は不可能に近いなど、この事例の悪質さは目に余るものがある。

■ 被害者の声
ここで、当団体に相談された20代の女性の声を紹介したい。
私はライトハウスの相談窓口をみつけたときには、ようやく自分に起きていたことを把握し始めていました。もう私のように何年も利用され続けた結果、やっと勇気をふりしぼって、この悪い状況からでることが出来た人も多いと思います。でももっと早く、自分が犯罪に巻き込まれていることや、犯罪の被害者であったことに気づけたらどんなによかったか…みなさん、搾取されている状況にある人は、女の人でも男の人でも、怖くてその場から逃げられる選択肢があるなんて分からないんです。そのせいで、売春したり、安いお金で清掃なんかをしている外国の方もいます。いろんな人間が関わり、がんじがらめにされて見えない鎖のようなもので私はつながれていました。大切な家族や友人との関わりも絶たれ、「ここにいるしかないんだ…」と思っていました。被害に遭っている人が、ハッと目が覚めるためにも、相談窓口を増やしたり、警察や生活相談の人がこういうことにもっともっと敏感になってほしいと思います。

■ これから
国内における人身取引被害は、外国籍の方だけでなく、脆弱な立場に置かれやすい全国の女性や子どもたちに広がっている。その背景として、貧困の進行と固定化、関連法の未整備、社会的な関係性の希薄化、子どもの性の商品化の容認などが挙げられる。
現行法では加害者への量刑も軽く、被害者保護は規定もない。これでは、日本で暮らす女性や子どもにとって安心して生活できないことは明らかであり、憲法に保障された生活権の侵害とも言える。そうした現状を変えるため、ライトハウスは包括的な人身取引禁止法の成立を目指している。そして、被害者一人一人に寄り添い、その実態をより多くの人に知ってもらい、身近な被害に気付き、被害者を発見、そして未然防止ができるような社会の連帯を構築したい。そのために、地道ではあるが、講演や研修を通して訴え続けたい。さらには政策提言も行っていきたいと考えている。
また、2015年2月には、中高生が性的搾取に遭わないために、実際の相談事例をもとに作った3本のストーリーからなるマンガ「BLUE HEART」(ブルーハート)を発刊した。1年をかけて準備した、日本初の人身取引啓発マンガと言える作品であるが、JK(女子高生)ビジネス、男子の児童ポルノ被害、リベンジポルノなど、いずれもネット時代の今の子どもたちが主人公になっている。犯罪被害に遭わないことはもちろん、うっかり加害者にもならないよう、そして、もしもの時の相談先を知ってもらえたらとの思いを込めた。制作には、現役の高校生や児童養護施設の児童にも加わってもらった。一人でも多くの人に読んでもらいたい(初版は無償配布中。ライトハウスのウェブサイトから申込み受付)。