障害のある女性にとっての複合差別

瀬山紀子(せやま のりこ)
DPI女性障害者ネットワークメンバー

複合差別を明記した障害者権利条約
日本は2014年、障害者権利条約の締結国となった。この条約は、2006年に国連で採択され、2008年に発効した国際条約で、その策定プロセスに障害当事者が参画したことが大きな特徴とされる条約だ。この条約にはいくつも重要な要素があるが、その一つが、障害のある女性にとっての複合的な差別への言及とその解消を示したことにあると言える。人権条約の条文として、複合差別の課題が明確に規定されたのは、この障害者権利条約がはじめてになるが、国連は、2000年には人種差別撤廃委員会による一般的勧告25として人種差別とジェンダーの課題についての勧告を出し、人種差別が女性に対して男性とは異なるかたちで影響を及ぼす状況があることを指摘している。そうした国連での議論の蓄積の上に、今回の障害者権利条約の規定がある。
障害者権利条約のなかで、障害のある女性にとっての複合的な差別(multiple discrimination)について規定したのは、6条「障害のある女性」(1)になる。同時に条約では、前文をはじめとする他の箇所でも、特に障害のある女性が困難な立場に置かれやすいことや、意思決定の過程に参加できていないことなどを示し、各具体的領域のなかでも留意すべき事項として明示している。

障害のある女性にとっての複合差別
では、障害のある女性にとっての複合差別とはどのようなものだろうか。これまで、障害のある女性の困難という課題は、それ自体として取り上げるべき課題であるというコンセンサスが作られてはこなかった領域だ。障害者に関わる公的な統計のなかには、就学率、就業率、所得などの面からも、ジェンダーを切り口に現状を分析したものはほとんど存在しておらず、政策的な課題として障害者の課題のなかにジェンダーの課題を見出そうとする視点が希薄な状況が続いてきた(2)。
また、ハラスメント被害という問題をみるときも、例えば、障害がある女性がセクシュアル・ハラスメントを受けた場合、それは女性であることに関わるハラスメントであり、わざわざ「障害のある女性」の問題として捉える必要はないとする見方が、一般的に存在してきたのではないだろうか。
しかし、こうした課題を考える際には、障害者に対するハラスメントが、男性に対するものとは異なるあり方で、女性に影響を与えていることを見ていく必要があり、同時に被害を受けた後の相談や被害救済の場面で、障害がある女性という複合的な困難状況を踏まえた適切な対応がなされているかを検証していくことも必要になるはずだ。障害女性の課題は、女性と障害という差別についてそれぞれ取り組むということではこぼれ落ちる課題であり、複合差別という側面から固有の課題として認識される必要がある。
私自身も関わっているDPI女性障害者ネットワークでは、2011年に、こうした障害がある女性が経験する生きにくさを見えるものにしていこうと、障害女性87名へのアンケートと聞き取りによる調査と、47都道府県の男女共同参画基本計画、及びDV防止基本計画に示されている障害女性を対象にした施策の現状を調べた制度調査を実施した(3)。
アンケートでは、回答者の35%がセクシュアル・ハラスメントをはじめとする性的被害を受けた経験について書いてこられた。それらはいずれも、深刻な被害を示していたが、一方の制度調査では、そうした困難が存在しているにも関わらず、被害を受けた障害女性に対する支援制度が整っておらず、多くの女性たちが支援を受けることができず、問題が潜在化している可能性が示唆された。

障害者権利条約の批准と日本の課題
日本では、2010年から障害者権利条約の批准に向けた国内の障害者制度改革が進められ、障害者基本法の改正、障害者総合支援法の制定、障害者雇用促進法の改正、障害者差別解消法の制定等の関連国内法の整備がすすめられた。その過程で、内閣府に置かれた「障がい者制度改革推進会議」が2010年6月にまとめ、閣議決定された「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)(4)」には、「女性であることによって複合的差別を受けるおそれのある障害のある女性の基本的人権に配慮する」と書かれるなど、当初から権利条約を意識した障害女性の複合差別の課題への言及がなされてきた。
なかでも、推進会議が2010年11月にまとめた「障害者制度改革の推進のための第二次意見(5)」には、明確に、差別や不利益を受けるリスクの高い女性が置かれている差別的実態を問題にする視点が欠落していたという反省的視点が示され、国は、複合的な困難を経験している障害のある女性が置かれている状況に十分に配慮しつつ、その権利を擁護するために必要な施策を講ずる必要があると書かれた。
しかし、こうした意見は、その後の法改正に十分反映されたとはいえない。改正された障害者基本法では、施策の基本方針に配慮事項として「性別」という文言は加わったが、障害女性の複合的な困難といった明確な規定は設けられなかった。障害者差別解消法は、附帯決議に障害女性の複合的な困難を明記したが、法律条文は「性別」という表記にとどまった。
とはいえ、改正障害者基本法に基づいて2013年9月に策定された第三次障害者基本計画には、障害者基本計画としてははじめて、各分野に共通する横断的視点として「女性である障害者は障害に加えて女性であることにより、更に複合的に困難な状況に置かれている場合があること(中略)に留意する」という文言が加えられ、性別の留意した情報・データの充実を図ることも示された(6)。
私たちは、障害のある女性の複合的な困難という課題を明示化し、状況改善を進めていくための有効なツールとして障害者権利条約を手にしている。複合的な困難という現実は、私たちの社会が抱えている課題を、私たち自身が知り、乗り越えていくための重要な鍵でもある。障害女性の課題に限らず、出自や民族・国籍にかかわる他の複合差別の課題も含め、さまざまな抑圧構造がどのように結びつき困難をもたらしているのかを読み解いていくことが、現状の社会をよりよいものに変革していくために必要なことだ。
(1)障害者権利条約第6条「1.締約国は、障害のある女性及び少女が複合的な差別を受けていることを認識し、また、これに関しては、障害のある女性及び少女がすべての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとること。2.この条約に定める人権及び基本的自由の行使及び享有を女性に保障することを目的として、女性の完全な発展、地位の向上及びエンパワーメントを確保するためのすべての適切な措置をとること」(川島聡=長瀬修訳)
(2)吉田仁美、2013、「障害者ジェンダー統計(その2):国際的取組から」・臼井久実子・瀬山紀子・吉田仁美、2012、「障害者ジェンダー統計(その1):日本の障害者ジェンダー統計の整備状況」いずれも『NWEC男女共同参画統計ニュースレター』(すべてウェブサイトからアクセス可)
(3)詳しくは、DPI女性障害者ネットワーク編2012『障害のある女性の生活の困難―人生の中で出会う複合的な生きにくさとは ―複合差別実態調査報告書』同ネットワーク発行(問い合わせは、DPI女性障害者ネットワーク E-mail:dpiwomen@gmail.com)。
(4)「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」平成22年6月7日障がい者制度改革推進会議http://www.cao.go.jp 
(5)「障害者制度改革の推進のための第二次意見」平成22年12月17日障がい者制度改革推進会議http://www.cao.go.jp
(6)第3次障害者基本計画http://www.cao.go.jp