『人権は二つの顔をもつ』

金泰明 著 トランスビュー発行、定価:2,000円+税、2014年

土屋 一登(つちやかずと)
IMADRインターン

「人権は二つの顔をもつ」は、人権という言葉をより身近なものにし、また、戦後日本に常識として定着しているその言葉に、新たに息を吹き入れる著書である。なぜなら、本書は人権がもつ「二つの顔」を明らかにすることで、「人権を『死んだ思想』から『生きた思想』に連れ戻す」ことを試みているからだ。

 日本社会に広く知れ渡っている人権の「顔」は、他者の人権を守ることを道徳や義務とみなし、「困っている他者への配慮を優先すべき」という考え方だ。これは「正しい人間づくりと、善い社会をめざす」道徳教育とも結びついている。しかし、これを筆者は「死んだ思想」だと指摘する。「死んだ思想」とは、生活や人生に人権思想を関係づけられず、活かされていない状態にある思想のことだ。常に他者を優先するという姿勢はあまりに崇高で、「誰にでも出来る相談ではない」。特定の英雄的、献身的な人たちを除くと、そのような倫理的・道徳的・義務的な人権観は近づきにくく、現実離れしてしまうのだ。

 死んだ状態から人権を「生きた思想」にするのが、人権のもう一つの顔である。それは「人間同士の約束や合意、あるいは相互承認を根拠とする人権観」だ。この考え方によると、人権は 「日々の経験をとおして、人間同士の関係性の中で作り出されるものだ」という。つまり、私とあなたがお互いのありのまま(=自由や個性)を認め、尊重し合うと約束をすることで、共生のためのルールをつくっていくことを意味する。人間であることで人権が与えられるという、人間の外にある超越的な権威によっての人権ではなく、個を起点として私たち自身によって価値が与えられる人権観だからこそ、特別に徳の高い者だけでなく、一人ひとりに響く「生きた思想」になりえるということだ。

 現代人にとって、人権を自分自身の人生に関連づけることは難しくなってしまった。著者が大学の授業で行なった調査によると、学生たちは人権に対していいイメージを浮かべていないという。また、寄付白書2013年によると、日本国内で2012年の間にいわゆる権利擁護・権利支援の分野でボランティア活動に携わった人口は全体の1.1%であり、会費などを含む寄付についても全体の0.6%というのが現状だ。両数字とも18分野中2番目に低い。人権のもう一つの顔は、人権との関わりが希薄になっている現代人にオルタナティブな人権観を示し、人権に対する新たなアプローチや関わり方を提案できる可能性を秘めている。それはつまり、この国を担っていく者たちにとって、人権がより近い存在となり、多民族・多文化の共生を実現していくためのバックボーンとなっていくことを示唆するものである。