世界会議を受けて 日本の先住民族政策の未来を考える

上村 英明(うえむらひであき)
市民外交センター代表、恵泉女学園大学教授
構成・まとめ:永井 文也市民外交センター

世界会議の成果文書
2014年9月22日に先住民族世界会議(WCIP)で採択された成果文書は、それから何か新しいことがはっきりとした形で始まるものではない。それは、30年以上に渡る先住民族権利運動の成果が整理され、その重要なポイントの強化が謳われた文書であって、新しい内容はほとんど盛り込まれていない。ただ、先住民族の団体を国連システムにおける準国家として位置付けようとする新たな試みはあった。これが提起される上で、2013年6月のWCIPに向けた先住民族のグローバル準備会議(通称アルタ会議)を主催した北欧のサーミという先住民族の政治体制が注目に価する。すなわち、サーミはノルウェーにおいては「サーミ議会」と呼ばれる独自の議会を持ち、サーミ語を主に用い、サーミ民族全体に関する問題に対しては、「サーミ評議会」を通して、スウェーデンやノルウェー、フィンランドといった地域の主権国家とほぼ同等な政治主体の地位を確立している。このような先住民族の政治的主体性を鑑み、国連システム内で、先住民族が主権国家と同等のポジションで、政治主体として国連に加盟するという試みがあった。この試みは大幅な国連改革を伴い、またウェストファリア体制と呼ばれる伝統的な主権国家体制に対して極めて難しい議論となるためか、結果的に今回の成果文書では合意に至らず、明文化はされなかった。
 この成果文書は全体として、次の2点を評価できる。すなわち、これまでの国連で議論されてきた先住民族権利運動の成果が網羅的に盛り込まれた文書であること、そしてその成果をこれからいかに強化するかの方向性が明示された文書であること、である。
今回の世界会議の特徴は、1990年代の世界会議のように何万人もの先住民族を含む参加者が数週間に渡って議論する国際会議とは異なり、国連の本会議場に入れる人数が限られ、また期間も正式には2日間だけの会議であったことである。参加人数を実質的に増やすためにも、アイヌ民族の阿部ユポさんが日本政府の代表団として参加したように、政府代表団として世界会議に出席することが世界の先住民族に奨励されていた。またこの日本政府代表団には外務省だけではなく、内閣官房アイヌ総合政策室の室長も参加した。これは、行政官が国際的な場で先住民族に関する議論を直接聞くことで、こうした国際基準の国内適用を考えるきっかけの一つにもなったと考えられる。

琉球民族と日本社会の「読み違い」
 個人的に、日本を「想定外」と「読み違い」の国と呼ぶことがあるが、なぜそう呼ぶかを説明してみたい。
 普天間基地の撤去、新基地の辺野古移設反対などを公約に掲げる元那覇市長の翁長雄志さんが今回の沖縄県知事選挙に当選した。この選挙結果を、翁長さんが自民党の有力な政治家で、4年前には仲井真弘多知事の選対責任者を務めたことなどから、日本の主要なメディアは、沖縄県内での「保守の分裂」による結果だと表現した。しかし、本報告会で糸数慶子さんも指摘したように、実際には琉球民族の「民意」が表出した結果であることを「読み違」えている。構造的に差別されてきた琉球のアイデンティティと支配側の日本(大和)のアイデンティティの対決であった。琉球史上初めてのことかもしれない。それを踏まえれば、その「民意」として県知事に選出された翁長雄志さんは、単なる地方自治体の長ではなく、琉球国の代表、日本の地方自治システムが米国型であることを考えれば「大統領」に匹敵するといえる。翁長さんにはこれを認識し、日本政府と話し合いに臨むことを期待したい。このような琉球民族の現状を受け、今後はより国際基準へ訴える声が大きくなるダイナミズムが生じつつあるが、先のような日本社会の「読み違い」は、現在も先住民族政策に大きな影響を与えている。

アイヌ民族と日本の「想定外」
 日本社会は、国際的な動きや国際基準に十分に関心や注意を払わず、国内基準や尺度を優先する傾向にあり、日本の近代化の中でもこうした二重基準が用いられてきた。しかし、国境を越えてヒト・モノ・カネ・情報などがダイレクトに移動するいわゆるグローバル化する世界の中では、日本が鎖国をしない、またはできないのであれば、このグローバル世界を規律する国際基準を十分に尊重しなければ、実際の活動はまず行なえない。最近の動向では、このグローバルな潮流において森林伐採の認証基準の改定が国連の人権規準と連動して行われ、この影響がアイヌ民族の権利の実現に影響を及ぼし始めた。国際的な森林認証団体で NGOである森林管理協議会(FSC)は、1993年に設立され、現在ボンに本部がある。伐採の段階から最終商品に至るまで違法伐採による木材が使われていないことを認証基準にする団体で、この規準を2012年に改定した。これにより、1989年のILOの第169号(先住民族)条約および2007年の国連先住民族権利宣言が規準文書として、認証基準に謳われ、とくに先住民族に対し「自由で事前の情報を与えられた上での合意原則(FPIC原則)」を尊重せずに行われた伐採は違法であることが原則化された。
 これを日本に適用すると、政府が先住民族だと認めたアイヌ民族の同意なしに北海道で森林伐採を行うことが、FSCの認証基準を満たさず、違法伐採となる可能性がある。この2012年の基準改正の余波は、つい最近になってやっと日本にも及び、例えば日本支部による調査が始まり、この2014年10月末には、FSC認証を企業活動として必要とする日本製紙・王子製紙の担当者が札幌で北海道アイヌ協会と話し合いを始めるようになった。
「北海道開拓」以来、北海道の森林におけるアイヌ民族による木材伐採や利用は長年違法とされてきたが、こうした国際規準の適用によって、今後はアイヌ民族の同意なしの伐採が違法伐採と認識されるようになる。これは、まさに国内法のみに重点を置く「日本」の「想定外」の出来事であり、やっとアイヌ民族にも本来の関係性が実現する。同時に、先住民族の権利に関する国際基準が、国内状況に具体的な力をもつ先駆的な事例でもあるともいえる。

先住民族問題とは
 現在、グローバル化の問題が認識される中で、植民地主義と新自由主義の議論は高まりをみせている。特に植民地主義に関しては、決して過去のものではなく、まだ存在していることを見直す必要があるといえよう。先住民族問題というのは、その再認識のきっかけとなるものである。

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先住民族世界会議に参加して
永井 文也(ながいふみや)
東京大学4年生、市民外交センタ―

私は、WCIPという記念すべき国際会議に参加する機会を得たことを幸運に思う。しかし、 無事に開催されるのか、実は直前まで若干の不安があった。例えば、政府側との合意が上手く成立せず、先住民族側が会議をボイコットする可能性があるという情報もあり、さらに成果文書草稿の更新が予定期日通りに行われないなどの情報からである。当センターの上村代表からは、「いつも結局まとまるから大丈夫」と言われたものの、やはり落ち着かないまま、とりあえず準備を進めていた。結局、最終ドラフトはやはり直前にまとまり、当日を無事に迎えた。
 WCIPは2日間のみである。初日に開会式、成果文書の採択、分科会、2日目にサイドイベント、分科会、閉会式、クルージングと、朝から晩まで忙しくも充実した日程を経験した。アイヌ民族は政府代表団として参加していたので、主に琉球民族の参加者とそれぞれに参加したが、この2日間を通じ、世界各地から来た先住民族たちと話せただけでなく、それぞれのラウンドテーブルでの声明を聞きながら、私が生まれる前から連綿と続く「先住民族権利運動」を、ささやかながら肌で経験できたように思う。特に、成果文書採択時のスタンディングオベーションの景色や雰囲気は、実際にまだ鮮明に覚えている。これを受け、これまで以上に、私のような若い世代の参加の必要性を強く感じている。近代システムや植民地主義の本質を問うこの運動は、現代の私たち若者の将来に直接関わるにも関わらず、若い活動家は圧倒的に少ないように思う。今後、若者も参加しやすい環境づくりは、一つの課題であると思う。
 ちなみに会議とは直接に関係はないが、以前お世話になっていたオジブエ族の先生に影響を受け、私も視聴・応援する 「The 1491s」という、ネイティブアメリカンのコメディアンとたまたま会議場で出会い、話す機会を得たという、ミーハーにとってのささやかな幸運もあった。