先住民族世界会議に政府代表として参加して

―北海道アイヌ協会の阿部一司副理事長へのインタビュー

―先住民族世界会議に日本政府代表団の 一員として参加され、いかがでしたか。
 よかったと思います。今回、アイヌ政策推進会議の委員を務めている菊地修二さん(北海道アイヌ協会理事)と私が、日本政府代表団に入って会議に参加しました。アイヌ民族が政府代表団に入って国連の会議に出席するのははじめてです。この会議をやることは、2011年の国連総会で決まりましたが、その時から、会議に向けてのプロセスや会議そのものに、当事者である先住民族を参加させようという機運が各国で高まっていきました。日本でも、アイヌ民族を政府代表団にいれるよう政府に要望してきて、会議開催の直前に、正式に決まりました。現地では、「国内・地域レベルの先住民族の権利の実現」という分科会に出て、アイヌ総合政策室の室長と並んで日本の取り組みを議論するなど、普段あまりないような経験をしました。当事者である先住民族が国の代表団に入るということは、意義があったと思います。ただ、政府代表団に入ると、政府方針と異なる見解を発表してはならないなど、制約もありました。その辺は、今後の課題かなと思います。

―世界会議で採択された成果文書については、事前のプロセスが重視されたと伺いました。
 そうですね。世界会議は2日間しかありませんので、そこで議論しようと思っても時間が足りません。そこで、2012年の国連総会では、事前プロセスを重視する決議が採択されました。決議では、「世界会議は加盟国間の間で、また加盟国と先住民族との間で開催する非公式の双方向的な公聴会や幅広い参加を得たオープンな公式行事などの準備過程で出される見解を考慮した、簡潔で行動志向の成果文書を採択すべき」としました。2012年11月8~9日、タイのバンコクでアジア先住民族連合(AIPP)による世界会議準備会合が開催されました。この会議では、その総会決議が歓迎され、今後数十年にわたって先住民族の人権が確立されていくよう、国際的に合意された人権原則、国際公約の国内実施に向け、先住民族とのパートナーシップ、当該民族による自由で事前の充分な情報を得た上での合意(FPIC)の原則を強調しました。そして、アジアの先住民族が軍事化と紛争により苦しんでいることを明記し、アジアの先住民族の自己決定と自治の追求、土地・領域・資源および地域の経済の確保、文化と精神性は先住民族の自己決定に基づく開発の基礎であることを決議しました。

―日本でも世界会議の前月、8月に4団体で政府に申入れを行ない、共同要請書を出しましたが、現地での対応はいかがでしたか。
 その節はお世話になりました。はい、事前の申入れというか、対話が大事だったと思います。あの時、2007年の先住民族の権利に関する国連宣言から世界会議までの経過の流れを説明し、昨年ノルウェーのアルタで開催された世界先住民族準備会議からこの1年間の成果文書の検討状況も紹介し、日本政府に世界会議の意義を確認してもらいましたね。世界会議にむけた政府の立場を確認し、成果文書案に賛成すること、成果文書採択後は各所に周知徹底する事、先住民族の人権促進に努力してもらうことなどを要請しました。世界会議では成果文書の採択にあたって日本政府も賛成しましたので、それはよかったと思います。ただ、事前会議でも現地でも、琉球・沖縄の代表との話はかみ合わずに、今後の課題だと感じました。

―世界会議を受けて、今後の課題は何でしょう?
 世界会議では、先住民族の権利に関する国連宣言の内容を実現していくことの重要性が強調されました。簡単なことではありませんが、一言でいえば、先住民族の権利に関する国連宣言に則った先住民族政策を日本政府がアイヌ民族と協議しながら進めていくということだと思います。
 1997年に成立した「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律(アイヌ文化振興法)」は、日本の立法府、行政府が、アイヌ民族を先住民族と認めていないときの法律です。しかも47都道府県のうち北海道に限定した法律です。1984年に北海道ウタリ協会は「アイヌ新法」(案)を作成し、北海道知事、北海道議会と3者で国に要望しました。そこでは、6項目の要求を法案化しましたが、アイヌ文化振興法は、3項目めの「教育と文化」のうちの文化のみを法律化したものです。同法を早急に見直し、真のアイヌ民族法の制定をしなければなりません。
 また2008年の国会決議には、「先住民族の権利に関する国連宣言の趣旨を体して具体的な行動をとることが国連人権条約監視機関から我が国に求められている」として、「こうした国際的な価値観を共有することは、我が国が21世紀の国際社会をリードしていくためにも不可欠である」としました。日本政府は、「先住民族の権利に関する国連宣言」、「国連人権条約監視機関からの勧告」を審議する「第3の作業部会」の設置を国連から強く求められています。
 日本の先住民族の代表機関として全国組織の設立も重要な課題です。アイヌ民族の経済的、社会的問題、貧困、差別、生活、住宅、雇用、教育、健康、年金等喫緊の課題です。
 今年6月に日本政府は、アイヌ文化の復興を促進するため、北海道白老町に整備する「民族共生の象徴となる空間」の運営の基本方針を閣議決定しました。基本方針には、象徴空間をアイヌ文化の展示と調査研究機能を担う「アイヌ文化博物館」(仮称)や、伝統的家屋が立ち並ぶ「民族共生公園」(仮称)を中心に構成することが含まれ、2020年のオリンピックにあわせてそれらを完成させていく方針です。アイヌ民族の中には多様な意見や要望もあります。また、「先住民族の権利に関する国連宣言」に書かれているのは、文化やアイデンティティのことだけではないので、時間がかかっても一つ一つをどう進めていくか、またどう合意形成を図っていくかということが大きな課題だと思います。

―そういう努力がなされている一方で、札幌市議がツイッターに「アイヌ民族なんて、いまはもういない」と書き込む問題があり、目を疑いました。
 もうあれを見て頭が真っ白になりました。力が抜けました。今まで何をやってきたのかと。いつアイヌがいなくなったのか教えてほしい。日本の、司法府、立法府、行政府もアイヌ民族を先住民族と認め、アイヌ民族復権に向けて歩んでいるなかで、議員としてあまりにも不勉強で歴史を踏みにじる発言として許せません。金子市議はそれに続けて「せいぜいアイヌ系日本人が良いところですが、利権を行使しまくっているこの不合理。納税者に説明できません」といっているんですね。金子市議だけではありません。貧困や格差を是正するためのアイヌ民族に対するほんのわずかな補助を「利権」といって攻撃する。アイヌに対するヘイトスピーチもあまり知られていません。日本の人びとが、アイヌ民族に対する日本の植民地化の歴史をしっかり学び、その歴史が現在にどうつながっているのかを学んでほしい。その結果、アイヌ民族が直面している課題が貧困と差別です。現状をしめす全国実態調査を行ない、国際的な先住民政策にも学んでもらいたいと思います。