CERD85会期:ペルーの先住民族、アメリカのアフリカ系住民、そしてヘイトスピーチ

小松 泰介(こまつたいすけ)
IMADRジュネーブ事務所、国連アドボカシー担当

今年のジュネーブの夏は雨が多く、例年と比べても冷夏だった。8月には長袖が必要なほど涼しくなり、人びとはいつもより短い夏を惜しんでいた。日本ではお盆休みの真っ最中である8月11日に、国連人種差別撤廃員会(以下、CERDまたは委員会)の第85会期が開かれた。今会期の審査国は、エルサルバドル、アメリカ合衆国、カメルーン、イラク、日本、エストニアであった。
 通常のインターネットを介した審査のウェブキャスト中継に加え、今会期ではジュネーブ事務所はペルーとアメリカのNGOの補佐、差別撤廃とマイノリティの人権尊重に取り組む日本のNGOのロビーイング活動のコーディネートを行った。ここでは特にペルーとアメリカの審査について紹介したい。

ペルーの審査と先住民族
 これまでもジュネーブ事務所は国連先住民族基金の支援を受けてCERD審査に参加した先住民族代表の補佐を行ってきており、今回の審査ではペルーからの先住民族代表1人の補佐を行った。彼にはIMADRが作成したCERD活用のための市民社会向けガイドブックを読むように7月に伝えていたおかげで既にCERDの仕組みに関する事前知識があり、「①先住民族の土地における採掘と資源の利用における協議の不在」、「②先住民族の事前協議の権利を保障した法律の効果的な実施」、「③司法における平等」の三点と委員に訴えたい問題も絞っていたため戦略的にロビーイング活動をするための補佐を行うことができた。具体的にはこれまでCERD審査を傍聴してきた情報の蓄積から、スペイン語話者でかつ先住民族の権利に関心の高い委員もしくは法律家の委員を伝え、その際に渡す文書についてもアドバイスを行った。彼によるとペルーには先住民族の権利を保障するための法律があっても実際には十分に機能しておらず、先住民族コミュニティの意向が反映されないまま採掘事業などが行われてしまうことが問題になっている。彼と他のNGOからの情報提供を反映し、ペルーへの総括所見では先住民族との事前協議を保障した法律を国際基準に基づき効果的に実施し、すべての開発プロジェクトと採掘活動に際し事前に合意が行われ、そのような活動で影響を被りうる先住民族コミュニティすべてが事前協議の機会を提供することを求めた強い勧告が出された。さらに、先住民族の土地を保護する法的および行政措置を強化し、土地と資源の活用の保障と環境破壊からの保護、そして採掘活動で損害を被った場合の補償をするよう勧告された。
 また、ペルーの審査を通し一貫して委員会が取り上げていたのが先住民族女性をパロディ化したテレビ番組である「La Paisana Jacinta(田舎娘ハシンタ)」というコメディであった。この番組では男性俳優が先住民族女性に扮し、彼女は無知で不潔で暴力的なキャラクターとして演じられている。そのようなネガティブな先住民族女性像を放映することは先住民族に対する偏見を助長することに留まらず、まだ先入観のない子どもたちの先住民族、特に女性に対するイメージまでをも誤ったものにすることから国内では番組の放映開始から先住民族団体をはじめとして反対の声が多くあげられてきた。また、同じ俳優が肌を黒塗りにしてアフリカ系ペルー人を演じた番組もアフリカ系住民に対する偏見を助長するとして社会問題になっている。こういったメディアによる特定のマイノリティ集団に対する偏見の助長を懸念し、ヘイトスピーチに関する一般的勧告35に基づいてペルー政府がメディアによる先住民族やアフリカ系住民のネガティブなステレオタイプを助長するような放送を防ぐこと、先住民族やアフリカ系住民を尊重した放送倫理規定を採用すること、そして人種差別がはらむ害悪の周知と相互理解を促進する啓発キャンペーンおよび教育を行うよう委員会から勧告が出された。

アメリカの審査とアフリカ系住民
 アメリカ合衆国の審査に際し、障害者権利条約の強化に取り組んでいる国際障害同盟
(International Disability Alliance)の依頼によりアメリカからのNGO代表2人の補佐を手伝うことになった。この代表はアメリカ合衆国の精神医療システムにおける有色人種、特にアフリカ系アメリカ人に対する人種差別について情報提供するために審査に参加した。彼女たちの報告によると国内の精神医療の現場において、強制入院、拘束、独房監禁、電気ショック、強制投薬や薬の過剰投与といった取り扱いをアフリカ系住民は偏って受けている。アフリカ系住民は教育の機会における不平等、貧困や人種差別によって精神疾患につながるトラウマを抱えやすい環境に置かれ、同様の理由から、実際に精神疾患を患った場合の治療においても適切な医療を受けることが難しい。不適切な治療によって精神疾患を悪化させられるばかりでなく、治療の副作用によって犯罪行為を働いてしまったり、偏見と人種差別のために誤認逮捕されたりすることが少なくない。さらに司法でも差別的に取り扱われ、精神疾患によって刑事責任能力が不十分と判断された場合でも、移送先の病院でまた不適切な取り扱いを受けて心身の健康を悪化させることになるという、負のサイクルが存在する。このような複合的な差別の問題を訴えるために、参加した二人が効果的にロビーイング活動を行えるよう、審査の仕組みや委員のプロフィールと関心、具体的なロビーイングの仕方についてジュネーブ事務所としてガイダンスを行った。特に、ほとんどの委員が障害や医療の分野での専門知識はないと思われることから、アフリカ系住民の人権問題に関心の高い委員に積極的にロビーイングを行うよう助言をした。その結果、審査において精神医療システムにおけるアフリカ系住民に対する人種差別について、南アフリカ共和国の委員が懸念を表明しただけでなく、アメリカ合衆国への総括所見においては、「児童養護制度下にあるアフリカ系アメリカ人の子どもが向精神薬を処方されている割合」と「精神医療サービスにおける人種・民族的マイノリティに対する合意に基づかない精神科治療の使用、その他の拘束的または強制的な措置」について次回情報を提供するよう勧告が出された。
 また、審査においてヘイトスピーチと表現の自由についても議論された。アメリカ合衆国は、日本と同じように表現と結社の自由の保護を理由にヘイトスピーチを規制していないが、実際の暴力や「本当の脅威」につながる扇動と判断された場合は処罰の対象となり、人種差別的動機に基づく犯罪を処罰するヘイトクライム禁止法は存在する。委員会に提出されたNGO報告書によると、アメリカ国内には900以上の差別主義団体が存在し、人種主義に基づく犯罪をはじめ街頭デモや集会を行っている。また、NGOの調査によると実際にヘイトクライムの被害に遭った被害者全体の35%しか警察に被害届を出していないことがわかっており、ヘイトクライム禁止法による被害者救済の不十分さを物語っている。考えられる理由として「ヘイトクライム禁止法と刑事司法への適用に関する理解不足」や「被害者の権利とサポートに関する知識不足」などが挙げられているが、中でも「報復に対する恐れ」という点はヘイトスピーチへの対応の必要性を示している。なぜならヘイトクライム禁止法の下で人種主義的動機に基づく犯罪を警察に訴えることができたとしても、報復として差別主義者たちによるヘイトスピーチの標的になる恐れがあり、多くの被害者が名乗り出ないことは不思議でないからである。つまり、ヘイトスピーチを放置することは暴力につながるだけでなく、結局はその暴力までも野放しにしてしまうのである。アメリカ審査の最中、一人の委員が表現の自由とヘイトスピーチの文脈で、「人権に順位はなく、すべての人権は平等である。」と強調していた。
 いつだって差別を受けるのはより立場の弱い人びとであり、一つの権利を優先するあまりに差別による誰かの苦しみが見過ごされるようなことはあってはならない。