国連審査がつきつけるもの

小森 恵(こもり めぐみ)
IMADR事務局次長

審査はどのように行われたのか
自由権規約の審査は7月15日・16日に、人種差別撤廃委員会(CERD)の審査は8月20日・19日に開催された。どちらも、1日目は政府の報告に続き委員からの質問、2日目はそれに対する政府からの回答そして質問で構成された。
 自由権審査には日本から日弁連を含む60人以上のNGOの参加者があった。規約がカバーする権利の範囲が広い分、それに対する市民社会の関わりも幅、人数ともに増える。CERD審査は、ERDネットを中心に26人からなる比較的小さなグループの参加であった。特に今回は、マイノリティ当事者の運動団体で活動している若い世代の人たちが多く参加した。また、CERD審査には有田芳生参議院議員と糸数慶子参議院議員がそれぞれヘイト・スピーチそして琉球・沖縄の問題に関連して参加をされ、国連の場で日本の差別・人権問題がどのように審議されているのかを国会議員としてつぶさに見聞きされた。自由権審査には水岡俊夫参議院委員が行かれ、審議の傍聴を含み全日程に参加をされた。これらは画期的な出来事である。
 これまでCERDを含み国連の条約委員会の日本審査には、20数名からなる政府代表団が派遣され、国の人権政策に関するさまざまな質問を委員から受け、その場で回答をして帰ってきた。そのやりとりだけで一つひとつの審査がほぼ完結してきたと言ってよい。そこには条約締約国の機関の一つとして実施に責任のある立法府の直接的あるいは具体的な関与はない。言い換えれば、国連でどのような審査が行われているのか、国会議員の多くは知らないし知らされていない。こうしたことが政府の国連勧告軽視を下支えしてきたのではないだろうか。その意味からも、3人の国会議員が傍聴されたことは意義がある。
 審査ではNGOは傍聴するだけであるが、審査の前に委員会とNGOとの対話という形で直接的な介入の機会が設けられている。今回の両審査では、公式/非公式ブリーフィングをそれぞれ2回もった。ブリーフィングでは各NGOが事前に提出したレポートに基づき、詳しい情報や新しい情報を口頭で提供した。それを受けて委員たちからNGOに質問がなされる。特にCERDでは、全18人中16人の委員からNGOレポートの内容に関して活発な質問が出され、実のあるやりとりとなった。

審査で何が審議されたのか
 では、審査でどのような問題が審議されたのだろう。自由権審査の日本報告者を務めたオランダのフリンターマン委員は、日本は自由権規約を批准して35年になるが、今回も同じ質問を繰り返さなくてはならないと前置きをし、規約実施のための国内法整備、第一選択議定書の批准を通した個人通報制度の導入、国内人権機関の設置の重要性を強調した。
 CERD審査においても同じことが指摘された。日本報告者であるパキスタンのケマル委員は、冒頭、包括的な人種差別禁止法制定を促した前回(2010年、パラ9)審査の勧告について、今回の政府報告書は一切触れていないと懸念を示した。また、人種差別撤廃条約の基礎をなす第1条の差別の定義において、政府は「世系」には部落は含まれないとする見解を固持し、琉球・沖縄については先住民族性を認めず、一地方としての扱いの域から出ようとしないことに大きな懸念を示した。そして、2012年11月の国会解散により人権委員会設置法案が廃案となったことに言及し、国内人権機関の設置に関する動きがその後まったくないことに懸念を示した。
 こうした審議から、自由権委員会はその総括所見パラ7で、「…パリ原則に沿った、幅広く人権に関する権限を持つ、独立した国内人権機関を設置することを再度検討し、十分な財政的及び人的資源を割り当てることを勧告する。」とした。そしてCERDは、総括所見パラ8で「…人種差別の被害者が適切な法的救済を求めることを可能とし、条約1条および2条に準拠した、直接的および間接的な人種差別を禁止する包括的な特別法を採択するよう促す。」として早急に人種差別禁止法を制定するよう求めた。そして、パラ9において、「…パリ原則に完全に準拠し、十分な人的および財政的資源が与えられ、かつ、人種差別の申し立てを取り扱うことを任務とする独立した国内人権機関の設置を目指して、速やかに人権委員会法案の検討を再開し、その採択を早めることを勧告する。」とした。

変わらない日本の姿勢
 両審査では、国連の懸念や勧告にかかわらず、日本がいっこうに改めようとしない人権課題について、厳しい評価と勧告が出された。その一つに、自由権における「代用監獄制度」がある。自由権の批准当時から委員会に廃止を促されてきたこの制度について、委員会は「30年経った今でも日本は資源がないのか」と問うた。これは当初から政府は予算を理由に廃止を拒んできたことによる。さらに、死刑制度についても自由権委員会は一層厳しい勧告を出さざるをえなかった。死刑制度の廃止は当然求めるところであるが、代替として死刑が適用される犯罪の幅を狭めること、死刑囚の長期にわたる独房監禁をやめること、死刑執行日を本人および家族に事前通知することなど、運用上発生している人権諸問題についても厳しい勧告が出された。
 さらに、後に続く渡辺さんの報告にあるように、自由権委員会は「慰安婦」問題における日本政府の対応や行動に関して厳しい勧告を出した。この勧告発表の数日後に出たピレイ人権高等弁務官(当時)の異例の声明文は、日本政府に対し、「慰安婦」問題において今も被害者の人権が救済されていないばかりか、歴史の否定により彼女たちの人権がさらに傷つけられている事実への懸念を強調した。そうした流れを受け、CERD審査においても、被害女性一人ひとりが受けた人権侵害の調査と、それに沿った適切な法的措置と謝罪・賠償を促す勧告が出た。この問題はCERDが政府に事前に知らせた議題に含まれていなかったし、NGOからもこの問題に関する情報提供はなされていなかった。そうした中で、あえて委員会がこの問題をとりあげた意義は大きい。

待ったなしの課題にどう立ち向かうのか
 今回の二つの審査において、ERDネットは、ヘイト・スピーチ、朝鮮高校無償化除外、外国人の子どもの教育、在日コリアンの無年金問題、技能実習制度を含む移住者の問題、移住女性とDV被害、改定入管法、部落、アイヌ民族、琉球・沖縄と、多岐にわたる差別と人権の問題について、情報提供を含むさまざまなNGO活動を行った。これらの問題に関して、効果的で早急な政府の行動を求める勧告が出された。政府はこれら勧告をどのように受け止めているのだろうか。
 前回2010年のCERD審査でも厳しい勧告が多数出され、IMADRを含むERDネットに関わるNGOは、その実施を求めて政府との交渉の場を重ねた。だが、今回のCERD勧告の多くが前回の勧告の繰り返しであるという事実が示すように、その成果は実を結ばなかった。政府はすくなくともこの4年間、国連勧告を正面からうけとめ、それに答える努力をしてこなかった。ここで再び問う、政府はこれら勧告をどのように受け止めているのだろうか。