小松泰介(こまつ たいすけ)
IMADRジュネーブ事務所国連アドボカシー担当
今年4月14日、ナイジェリア北東部の村チボクにある中学校がイスラム過激派グループの「ボコ・ハラム」によって襲撃され、200人以上の女子生徒が誘拐された。さらに、5月4日には他の二つの村でも同様の誘拐がボコ・ハラムによって行なわれている。ボコ・ハラムは西洋式の教育に反対しており、誘拐した少女たちを人身売買の市場に売って結婚させるという声明を出している。少女たちの救出が進まないことを懸念して、5月8日に女性への暴力や人身売買といった関連する国連およびアフリカ人権委員会の専門家らによる共同声明がジュネーブの人権高等弁務官事務所から発表された。声明の内容は、少女たちが性的搾取や強制結婚といった深刻な人権侵害の危険にさらされていることを危惧し、ナイジェリア政府が彼女たちを救出し、責任者を処罰すると共に被害者の補償を適切に行うよう求めるものである。その後、ナイジェリアの隣国であるベニン、カメルーン、チャド、ニジェールに加え、フランス、イギリス、アメリカ合衆国とEUがボコ・ハラム対応のために協力することに合意し、5月22日には国連安全保障理事会においてボコ・ハラムをテロ組織として制裁することが承認された。しかし、この原稿を書いている5月30日の時点で少女たちは未だに救出されていない。IMADRは5月9日、理事のビシー・オラテル・オラグベギさんのNGOであるナイジェリア女性協会(WOCON)と共同で少女たちの救出と加害者であるボコ・ハラムの処罰等を求める声明を国連とアフリカ諸国に提出した。
しかし、世界中で人身売買は男女を問わず行われ、被害者は奴隷のような状態で強制労働をさせられている。今年発表された国際労働機関(ILO)による強制労働に関する報告書(1)によると、毎年およそ2100万人が強制労働によって搾取されている。これらの被害者は男女別(子ども含む)では女性およそ1140万人、男性はおよそ950万人である。被害者たちの中には国外へ人身売買される者もいれば、国内で強制労働の状態に置かれる者もいる。そして、全体の22%が性的に搾取され、68%は農業や建築、家庭内労働や製造業などにおいて労働搾取されている。強制労働による年間の利益は1500億米ドル(約12兆円)に上ると言われ、ハフィントンポストによるとこの金額はアップル社がアイフォン販売によって得た5年間の利益に相当するという。この利益の3分の2を占める990億米ドルは性的搾取によるもので占められ、残りはその他の労働搾取によって生み出されている。ILOは、貧困、教育や識字の不足、非公式または未熟練労働および移住労働が被害を生む要因であるとしている。
「現代の奴隷」と聞くと、女性や少女が海外へ売られて性的に搾取されることを最初に思い浮かべる方も多いのではないかと思う。確かに、上記にあるように全体の利益の66%は性的搾取によるものであるが、被害者の数でみると全体の30%に満たない。それに対し、労働搾取による被害者数は全体の70%近くを占めている。農業や製造業といった第一次・二次産業においてこれらの労働搾取は行われており、人身売買や強制労働によってつくられた可能性のある製品は私たちの生活のあらゆるところに存在する。近年、生産者や労働者の権利を守り、公平な売買によって開発途上国から輸入されたことを保証するフェアトレード商品を専門店以外でも目にすることが多くなってきたが、先進国で生産された商品も強制労働によって作られた可能性がある。例えば、多くの労働搾取の事例が報告されている日本の技能実習制度の実習生たちは、農業や食品加工業といった第一次・二次産業に従事しており、彼らが作った国産の商品を私たちが購入している可能性は大いにある。つまり、残念なことに私たちの多くは人身売買や強制労働の疑いがある商品を、知らず知らずのうちに買ってしまっているのが現状である。それほど強制労働による「ビジネス」は莫大な利益を生み、その活動は世界中に及んでいる。これに対抗するためには国による積極的な対応が不可欠であり、それをより効果的に実行するには国際的な協力が必要である。
実際のところ、国連からも人身売買の根絶のための国による取り組みが求められている。今年6月の人権理事会26会期において、「人身売買(特に女性と子ども)に関する特別報告者」であるナイジェリア出身のジョイ・ヌゴジ・エゼイロ特別報告者が報告書を提出している。その中でエゼイロ特別報告者は、「①各国において人身売買に関する報告者または同等の仕組みの構築」、「②地域的・準地域的な仕組みの構築」、「③国家間での国際的な協力」、「④国家でない主体のアカウンタビリティ」、これらの4点が人身売買の根絶において必要であることを訴えている。理由として、人身売買廃絶のために各政府機関やNGO、警察といった多様な関係者が携わっていることから、これらを取りまとめて効果的な対策を可能にする一元的なモニタリング・調整・分析を行う機関が必要なこと。また、国境を越えた人身売買に対応するには国ごとの取り組みでは限界があり、送り出し国と受け入れ国間の連携や、アジアやヨーロッパといった地域単位での協働が必要であることがあげられる。さらに、生産過程における安価な労働力への需要から、結果的に労働搾取に関与している企業や、弱い立場にある人びとを搾取的な労働市場に紹介する人材斡旋業者の責任も無視できない。特に国家でないものの人権尊重の責任については人身売買に限らず近年注目されており、場合によっては小さな国の国家予算以上の規模をもつ企業に対して、人権アカウンタビリティをどう適用するのか議論されている。
また、今年は人身売買に関する特別報告者の任命から10年にあたる。その内の6年間の任期を務めたエゼイロ特別報告者は、人身売買対策の問題の一つとして女性に対する性的搾取がもっぱら注目され、男性と少年の被害者へのサポートが不足していることを報告している。文化的な理由等から男性の被害者はサポートが存在しても名乗りでないこと、もしくはサポート自体が男性にも利用しやすいよう適切に整備されていないことを、特別報告者は指摘している。このような現状を踏まえて、6月の人権理事会で行われる特別報告者委任の更新に際し、名称から「女性と子ども」を取り除くようエゼイロ特別報告者は勧告している。もしこれが実現すれば、単純に名称が短くなるのではなく、「人身売買=女性と子どもの性的搾取」と偏りがちだったこれまでの認識を変える意識改革につながる上に、特別報告者もより広範な活動ができることが期待される。さらに、今年の6月で任期を終えるエゼイロ特別報告者は、新たに任命される特別報告者に対して、「①違法な採用行為」、「②強制的かつ搾取的な労働を目的とした男性の人身売買」、「③強制的な物乞いや犯罪行為を目的とした人身売買」、「④強制または隷属的な結婚を目的とした人身売買」、「⑤帰還後の再被害の危険性」における調査をするよう促している。男性の人身売買と強制労働は日本においても深刻な問題であり、もし今後の報告書のテーマとして取り上げられれば、日本から情報提供をする大事な機会になる。そして、ヨーロッパにおけるロマの人びとへの物乞いと犯罪行為の強制や、南アジアのダリット女性と少女に対する強制または隷属的な結婚も問題である。これまでは性産業における女性の搾取が主に議論され、その他の形態の人身売買と強制労働にはなかなかスポットライトが当たらなかったが、最近になって国際社会の姿勢が少しずつ変わってきているように思える。その変化に敏感に反応し、効果的な活動をすることがIMADRにも求められていると感じる。
(1)International Labour Organization (2014), “Profits and Poverty: The Economics of Forced Labour”