南アジア地域におけるダリットの教育へのアクセス

 カースト制度に基づくダリットに対する差別が根強く残るインドやネパールなどでは、識字の問題は子どもたちの学校での教育の問題と直結している。教育を受けることができなかったために文字の読み書きができない成人は、例えばネパールではダリットコミュニティの人口の33.8%(2001年調査)にのぼり、社会生活を送るうえで障壁になっている。IMADRパートナーのインドの農村教育開発協会(SRED)の報告によれば、タミールナドゥ州のダリット住民の識字率は39%(女性は29%)であり、全体の58%を大きく下回っている。ダリットの人たちの間では、大人たちが文字を取り戻そうという気持ちより、自分たちと同じ苦い経験をしないよう、子どもたちにはきちんと学校で学ばせたいという気持ちの方が強いようだ。学校教育の中で厳然と立ちはだかるカースト差別の問題は、ダリットの子どもたちに日々大きな負の影響をもたらしている。教育へのアクセスへの妨害が、非識字の状態を生み出すことを示した国際ダリット連帯ネットワーク(IDSN)のレポートをここに紹介する。

南アジア地域におけるダリットの教育へのアクセス
国際ダリット連帯ネットワーク(IDSN)

 教育制度におけるダリット差別は、カースト制度に影響を受けているすべての国に普くみられる。隔離、社会的排除そして身体的暴力の問題は、初等学校から大学に至るあらゆるレベルの学校において存在する。ダリットの間での非識字やドロップアウトの比率は非常に高く、多数の社会的および物理的要因が原因となっている。それに対応する法律はごくわずかしかないし、これまでとられてきた措置は大抵、不適切に実施されてきた。

 ダリットの子どもたちの非識字とドロップアウト
 カースト制度に影響を受けている国々においては、ダリットの子どもの非識字率はダリット以外の子どもたちと比較して総じて高い。識字率はこの十数年、ダリットの子どもたちの間でも上昇してきているものの、他の子どもたちとのギャップは依然として大きい。バングラデシュでの抽出調査によれば、同国に550万人いると推定されるダリット人口の内、文字の読み書きができない人は96%になる。(出所:2011年ワンワールドアクション) 教育へのアクセスでの障壁とは別に、広範囲に広がる非識字はダリットの人たちから有利な雇用の機会を奪っている(2007年ヒューマンライツウォッチ)。2006年のUNICEF調査報告は、ダリットコミュニティにおいて、大抵の場合、教育の質は非常に低く、子どもたちは“初等教育の5年間を機械的に通りすごし、ほぼ非識字の状態で卒業していく”という事実を指摘している。同じUNICEFの調査は、教育の質の悪さは初等教育修了者の人数が少ないことの理由にもなっていると説明している。
 ダリットの子どもたちのドロップアウトの割合は総じて高く、特に初等レベルで顕著である。事実、UNICEFによれば、インドのダリットの生徒たちのドロップアウトの割合は、初等学校で44.27%となっている(2006年調査)。ネパールの統計数字も、非識字率と入学率の点において、ダリットと非ダリットの人口の間に大きな差があることを示している。 国全体で見た場合、ドロップアウトの割合はどの国も総じて低下してきたが、いくつかの国では、ダリットの子どもとその他の子どもとの割合の差が拡大してきていることが分かる。インドでは、その割合の差は1989年に4.39%であったが、2008年には16.1%に上昇した(2010年IDSN報告)。

学校におけるダリットの子どもへの差別
 ダリットの子どもたちが学校で受ける構造的な差別、隔離および嫌がらせはとても屈辱的なものであり、子どもたちはしばしば退学へと追い込まれる。主要な問題の一つが、教員による差別的な行為である。2006年、教育の権利に関する国連特別報告者は、多くの教員は“ダリットの生徒は殴らないと勉強しない”と明言していると指摘した(ヒューマンライツウォッチ2007)。教員がダリットの生徒に行う差別的な行為には、体罰、校内の井戸や水道の使用禁止、教室において他の生徒からの切り離し、校内や学校周辺のトイレ掃除の強制(素手による人糞の処理)などがある(2010年IDSNレポート)。
 学校におけるカースト差別に関するネパールの調査は、教員によるさまざまな間接的な差別を記録している。教員によるダリット生徒の無視、繰り返しの叱責、劣等生というレッテル貼りは、学校全体によるダリット生徒の排除につながっている。その結果、ダリットの生徒たちは、学校に来たり来なかったりし、勉強に集中できず、学校行事に参加せず、成績が落ち、試験に失敗し、最終的には学校から遠ざかってしまう。
 加えて、ダリットの子どもたちは同級生やコミュニティ全体からの差別的な態度に直面する。特に、ダリットに対する教育は無駄であり、脅威であるとみている上位カーストの人たちは、ダリットに極端な態度をとる。一部の上位カーストの人びとは、教育を受けたダリットの存在は村のヒエラルキーと力関係を脅かすとか、ダリットには教育を受ける素地がないなどの見方をもっている。

ドロップアウトの率をさらに高める要因
 ダリットの低い教育水準は社会的および物理的要因の両者によるものである。大半のダリットの家族は極端な貧困にあるが、それがドロップアウトの率を高める要因となっている。多くの親は貧しいために子どもを学校に行かせることができず、一家が食いつなぐために、小さな子どもにさえ稼ぎ手として頼らざるをえない。
 学校までの距離が遠いこともダリットの子どもの通学にとって大きな壁であり、入学率の低さとドロップアウト率の高さの主な理由となっている。上位カーストの集団はダリットが近くに住むことを望まないため、ダリット世帯は大抵、主要な村や学校が建つ場所から遠く離れたところに住む。この居住のパターンには二つの意味が含まれる。まず、主要な村々、すなわち上位カーストの居住区の範囲内に学校があるということは、カースト間の緊張などから、ダリットの子どもたちの通学を妨げている(上位カーストの村の中は通れない)。次に、学校までの遠い道のりは子どもたちの通学の意思を挫く要因となり、ドロップアウトを招いている(2006年UNICEF報告)。
 移住労働も高いドロップアウト率のもう一つの要因になっている。多くのダリットは土地をもたないため、家族が食べていくために移住労働を強いられている。仕事を求めてあちこちと転々とするため、子どもたちは一つの場所で落ち着いて勉強を続けることができず、学校で他の子どもたちに追いつくことができない(2007年ヒューマンライツウォッチ)。 最後に適切な設備が不足していることは、多くの学校にとって問題となっている。多くの公立学校では、教室の数、基本的なインフラ、資格のある教員、そして教科書や教材が不足している。

高等教育においても差別
 ダリットに対する不寛容、偏見そして嫌がらせは初等学校だけで起きていることではない。いくつかの指標を見れば、高等教育の機関においても、上級生、教員、職員、あるいは学校管理者による差別がダリットの学生に対して行われていることが分かる。カーストの偏見は、教員がダリットの学生を無視したり、不当に落第点を与えたり、校内行事で排除したり、学校管理者が適切な支援を提供することを怠ったりするなどの行為に表れている。これら深刻な嫌がらせの結果、かなりの人数のダリット学生が自殺に追い込まれてきた。事実、インドだけ見ても、ある有名な大学で2008年から2011年の間、18人のダリットの学生が自殺を図った。学生を最終的に自殺にまで追い込んだ絶え間ない嫌がらせや差別に対して、遺族が学校に抗議をしてこなかったことが相当あるとすれば、この数はもっと高くなると思える。

注: ドロップアウト:学校を途中でやめること