識字学級の現状にみる日本の識字のいま

棚田洋平(たなだ ようへい)

一般社団法人 部落解放・人権研究所 研究員

 

1. 日本の「識字」
日本において識字問題は長らく不問に付されてきた。1964年、ユネスコによる識字に関する調査に対して、文部省(当時)は「日本では、識字の問題は完全に解決ずみである――現状において、識字能力を高めるために特別な施策をとる必要はまったくない」と回答している。1990年の国際識字年には、日本の識字教育実践現場の関係者が中心となってさまざまな取り組みが行われ、一定の盛り上がりを見せたものの、それ以降に「日本の識字」が広まることはなかった。国際的には、2003年から2012年までが「国連識字の10年」と定められ、世界各地でさまざまな識字活動や実践が進展していった。しかしながら、日本では、これをきっかけとする識字をめぐる取り組みはほとんど見られなかった。また、最近公表されたPIAAC(国際成人力調査)**の結果についても、日本の好結果のみが取り沙汰されている。
実際には、日本においても、識字学級や日本語教室、自主夜間中学、公立夜間中学等で「よみかき」の学習等の実践が積み重ねられてきた。それらの教室活動や学習者・生徒の実態等については、数多くの著作や実践報告書、作文集といった媒体によって紹介されてきた。しかし、日本の識字をめぐる全体的な状況を把握することは、資料・情報が限られているため、なかなかに難しいのが現状である。
他方で、日本の識字をめぐっては、2002年に同和対策事業を裏づける法律が失効するという大きな変化があった。その影響は、全国の識字教育の実践現場において見られるはずである。しかしその実態は、今のところ具体的には把握されていない。
このような時代状況の中、識字学級の全国的な実態を把握するために、2010-2011年度に「全国識字学級実態調査」(全国識字学級実態調査実施委員会)が実施された。本稿では、その結果をもとに、「日本の識字のいま」を明らかにすることを目的とする。本調査の対象が識字学級のみであり、しかもすべての識字学級をフォローしているわけでもないので、本調査結果が即ち「日本の識字のいま」を示しているわけではないものの、日本の識字の現況を把握するためのいくらかの道標になることは間違いない。

2. 識字学級の現状
「全国識字学級実態調査」における質問紙調査への回答は198学級であった。それらの学級の開設年ごとの数字を見ると、2つのピークがあることがわかる(図1)。ひとつは、1960年代後半から1970年代前半にかけての、解放運動の興隆期と重なる時期である。そして、もうひとつは、国際識字年(1990年)である。1990年以降に、識字学級が開設された地域もあり、識字学級が決して「過去のもの」ではないことが、これらの数字からはわかる。
このような識字学級の学級生(登録者)の総数は2,745人で、1学級あたり平均して14.2人が在籍していることになる。ただ、5人以下しか学級生が在籍していない学級が約3割(27.5%)もある一方で、20人以上の学級生が在籍している学級も2割程度(17.6%)存在しており、各地区で教室の規模は異なっていると言えよう。
都府県別で見ると、学級生数は、福岡、大阪、奈良、徳島、兵庫、和歌山の順で多い。上位5府県の学級生数で全体の4分の3以上を占め、学級数と同様に、学級生も一部地域に偏在していることがわかる。1学級当たりの平均人数で見ると、福岡(28.7人)、大阪(14.6人)、徳島(14.4人)、和歌山(9.9人)、兵庫(9.4人)の順で多い。
ふだんの教室活動における参加者の数は20人以下がほとんどで、1~4人という学級も30.8%を占めている。一方で、福岡においては、ふだんの学級参加者が20人以上という学級が1割程度(11.4%)あり、一部学級でその活況ぶりがうかがい知れる。
このように、各地域で、識字学級ならびに識字学級生の実態は様相を異にしていることが、本調査の結果からはわかった。

3. 学級生の実態に見る、今日の識字学級
それでは、現在の識字学級では、どのような人たちが学んでいるのだろうか。
まず、識字学級生の男女の内訳は、男性23%、女性77%となっており、圧倒的に女性が多い。また、女性の学級生しかいない学級が約4割(39.5%)も存在している。また、いずれの年代においても女性の割合が男性に比して高く、その割合は年代が上がるにつれて高くなっていく。
日本を含む出身国・地域別で見ても、だいたいの国・地域で、女性の比率が男性よりも高い。もっとも女性率の高いタイとフィリピンの学級生では、9割以上(タイ:95.8%、フィリピン:100%)が女性であり、さらに10代後半~30代の若い世代が多い。その他、20人以上出身者がいる国・地域で見ると、ほぼいずれの国・地域も女性が多い。各国・地域の女性の割合は、韓国・朝鮮84.3%、日本77.2%、ブラジル65.4%、中国63.2%となっている。唯一、ベトナムのみが男性の割合(54.9%)が高くなっている。
次に、識字学級生のエスニシティはどうだろうか。出身国・地域別では、日本人の学級生が圧倒的多数(85%)を占めるものの、韓国・中国をはじめとした外国人の学級生も1割程度は存在する。外国人学級生の出身国・地域は多岐にわたり、日本を含めて28の国・地域となっている。日本以外では、中国(106人)、フィリピン(89人)、韓国・朝鮮(51人)、ベトナム(51人)、ブラジル(26人)、タイ(24人)、台湾(10人)、ペルー(9人)、アメリカ(5人)といった国・地域が一定数の学級生がいる。その他、18の国・地域の出身者が、それぞれ1,2名ずついる。
このように識字学級の「国際化」は進んでいるものの、今のところそれは一部地域に限られた現象である。実際、多くの都府県では、学級生のほとんどが日本人である。外国人の学級生が一定数存在する地域は大阪と兵庫であり、その割合はそれぞれ33.7%、28.8%である。静岡や鳥取では、旧来の識字学級が地域の実情に合わせて「日本語教室」化しており、外国人学級生の割合は、鳥取で82.4%、静岡で100%にのぼる。
「外国人学級生」と一言で言っても、各地域でその層は異なる。学級生の出身国・地域別に見ると、静岡ではブラジルが全体の75%を占め、鳥取はタイ(16.7%)とフィリピン(53.7%)を合わせて70.4%という数字を示す。兵庫では、ベトナム(12.1%)、フィリピン(6.8%)、中国(4.5%)の順に多い。大阪の識字学級は、もっとも「国際化」が進んでおり、先に挙げた多岐にわたる学級生の出身国・地域は、大阪の現状をほぼそのまま表していると言ってよい。そのような大阪では、中国(14.3%)がもっとも多く、次いで韓国・朝鮮(6.2%)、ベトナム(5.3%)、フィリピン(2.2%)の順になっている。このように、「どこの国・地域出身の外国人学級生が多いか」は、各地域(都府県)の歴史的背景、立地条件、産業構造などを反映していると言える。
さいごに、学級生の年代構成について見てみよう。図3は、学級生の年齢分布を図示したものである。これを見ると、年代別では、60歳以上の高齢者が学級生全体の半分以上(52.3%)を占めていることがわかる。実際に、「学級生の高齢化」を学級の課題として挙げる学級は多かった(全学級の78.6%)。
しかし同時に、60歳より下の世代も識字学級に在籍していることもわかる。「若者(0~30歳)」も約20%程度おり、「識字学級は高齢者のためのもの」とは一概に言えない。地域によっては、学級生の4,5人に一人は「若者」であるという地域もある。その背景のひとつとしては、「国際化」にともなう若年化という現象がある。いずれにせよ、今日の識字学級の一部では、若年者のニーズに応える学級のあり方が問われていると言えよう。
15歳未満の学級生が存在するのは、学級生が子どもを連れて来ていたりするためだと思われる。それとは別に、障害のある子どもや外国人(ニューカマー)の子どもが、保護者の参加の有無にかかわらず、保護者の要望や学級の支援者の判断で受入れられているケースもあると考えられる。

4. 日本の識字のこんご
識字学級には、日本の識字問題、ひいては社会的弱者の問題が集約されていると言える。そのことは、本稿で見てきた学級生の実態-女性の比率の高さ、識字学級の国際化、一定数の若年者の存在-からもうかがい知れる。別稿(棚田2013)で、わたしは、識字学級の若年者に焦点を当てた分析・考察を試みたが、困難を抱える人びとにとって識字学級の果たす役割は今日でも大きい。
しかし、本稿では言及することができなかったが、識字学級をめぐる現状は相当に厳しい。学級生の高齢化がどんどん進み、「今いる学級生がいなくなれば、この識字学級の灯も消えてしまう」という識字学級関係者の声がいくつか聞かれたし、識字学級への行政支援も各地域で程度の差こそあれ、一様に減退していっている。
そのような現況をふまえたうえで、識字学級をはじめとした、日本の識字教育実践の未来(ゆくすえ)を見据えていくことが必要であろう。


※詳細については、以下を参照のこと。
・全国識字学級実態調査実施委員会(2011)『「2010年度・全国識字学級実態調査」報告書』。
・棚田洋平(2011)「日本の識字学級の現状と課題 『2010年度・全国識字学級実態調査』の結果から」『部落解放研究』No.192、2-15頁。
・全国識字学級実態調査実施委員会(2013)『「2011年度・全国識字学級実態調査(聞き取り調査)」報告書-全国調査から浮かぶ現状とさまざまな「しきじ」の課題-』。
・棚田洋平(2013)「地域におけるリテラシー支援の場としての識字学級 困難を抱える若年者にとっての識字」『部落解放研究』No.199、65-76頁。

 

** PIAAC OECD加盟国等24か国・地域(日、米、英、仏、独、韓、豪、加、フィンランド等 )が参加し、16歳~65歳までの男女個人を対象として、「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」及び調査対象者の背景(年齢、性別、学歴、職歴など)について2011年から2年かけて行った調査。