ロマ、スポーツとスリランカ:国連で差別と向き合う

小松泰介(こまつ たいすけ)
IMADRジュネーブ事務所

 今年の1月から白根大輔さんの後任として反差別国際運動(IMADR)のジュネーブ事務所に赴任した。ジュネーブの冬はとても寒いと聞いていたが、到着した日はとても暖かく春のようだった。その後に冬らしい気温に下がったものの、日本の冬とそこまで変わらない。聞くところによると、今年は暖冬だそうだ。冬のジュネーブは夏とは違って観光客も少なく、閑散としている。ジュネーブの人びとは週末にはアルプスの山に行ってスキーを楽しむそうだ。
 赴任して早速、2月には人種差別撤廃委員会の84会期が開かれた。今会期の人種差別撤廃委員会で審査された国は、ホンジュラス、モンテネグロ、ベルギー、ポーランド、ウズベキスタン、カザフスタン、ルクセンブルグ、スイスの8ヵ国だった。これまでのようにIMADRは審査の様子をインターネット上でライブ映像を提供しながら、内容を傍聴した。今会期の審査国は8ヵ国中5ヵ国とヨーロッパの国が多く、委員の関心も主にスポーツにおける人種差別とロマに対する差別に向けられていた。

スポーツにおける人種差別
 ヨーロッパではスポーツにおける人種差別、特にサッカーにおける人種差別は頻繁に報告されている。この風潮はヨーロッパにおいて排外的な極右主義が再び台頭してきたことと関係していると思われる。サポーターや選手がアフリカ系の選手に対して猿の物まねをする、差別的な言葉を合唱する、ユダヤ系の選手に対して差別的な言動またはジェスチャーをするなど、人種差別行為が行われている。こういった行為はそもそもスポーツの精神に反するものであるが、より懸念されるのは社会に誤ったメッセージを伝えてしまうことである。これらの差別行為が黙認されてしまうと、人種差別は許されるものだと、特に若者を中心とした一般社会に誤解を与え、社会全体の雰囲気に大きな悪影響を与えてしまう。一部の人びとによる極端な行為に対して適切な処置がとられないと、やがて社会全体に悪影響を及ぼすことは政府にとっても明らかであり、今会期のどの審査国もスポーツにおける人種差別に対して真剣に取り組む姿勢を示していた。

ロマの人びと
 また、ヨーロッパの多くの国には人口の差はあるが、ロマやその他の移動を伴う生活を送る民族が居住している。ヨーロッパの多くの国において、ロマの人には興行や工芸といった伝統的な職業以外への従事や十分な教育を受ける機会は限られており、大勢のロマが貧困に苦しみ、それには彼らに対する人びとの偏見や差別の歴史が根強く関係している。さらに、ヨーロッパ連合(EU)設立以降の移動の自由化に伴い、犯罪グループによるロマの人身売買も報告されている。ロマの人びとは他の国に連れて行かれ、物乞いや性的搾取、労働搾取、家庭内労働や臓器売買を強制されている。今会期では、特に物乞いの強制を目的としたロマの人身売買に関心が向けられていた。ヨーロッパの都市を訪れたことがある方は経験があるかと思うが、駅や電車、観光地にはロマと思われる人びとが物乞いをしているのを見ることは珍しくない。しかし、彼らが物乞いを強制された人身売買の被害者であるかもしれないとは、なかなか思い浮かばない。実際、彼らが人身売買の被害者なのかどうかを判断することに政府も努力を要されている。その理由として、加害者からの報復を恐れたり、犯罪者として扱われるのを恐れたりするために被害者の多くは名乗りでないからである。ロマの人びとは送り出し国でも到着した国でも差別に苦しんでいる。
今会期で強く印象に残ったことは、ロマの人びとの伝統的価値観によって、非ロマ住民と同等または同様の公的サービスを行うのが難しいという政府の発言であった。このような発言はある一か国のみではなく、数か国の政府代表によって繰り返された。彼らの主張によれば、ロマの伝統における成人年齢が非ロマの人びとより低く、また親や保護者も子どもの教育に関心が低いため、義務教育を修了する前に多くの子どもたちが学校を退学してしまい、ロマの学力向上が難しい。ロマの社会は伝統的な家父長制の社会であるために、ロマの少女および女性の地位の向上はロマ男性と比べてさらに困難である。ロマ社会では警察や権力に対して不信感と敵意が強く、そのためにロマ居住区の治安といった環境改善が難しい、といった発言が繰り返された。
 成人年齢が違ったり、ジェンダーに基づく役割が異なったりすることはロマに限らずありうることである。しかし、結果としてある一部の集団が不平等な扱いを受け、基本的人権が侵害されている現状において、それは彼らの文化が原因であり、そのために改善が難しいと言うことは無責任である。政府はなぜロマ社会においてそのような意識が生まれるに至ったかを考えるべきであり、その原因に基づいた適切な処置を講じるべきである。ロマの両親が子どもの教育に関心を持てないのは、彼らの多くが読み書きができないためであるかもしれないし、自身の差別の経験によって教育を受けたところで、社会は受け入れてくれないと感じているからかもしれない。今会期中、ロマの人権問題を専門とするアイルランドのクリックリー委員が、ロマ社会が警察に対して不信感や敵意を抱いているのは、まさしく彼らに対するこれまでの警察による差別的な姿勢に反発したものであり、政府は警察の姿勢こそ見直さなければならないと発言していた。

マイノリティの文化、価値観
 国内の差別的な状況に対して政府がどのように対応してきたか、マイノリティの文化や価値観を踏まえた適切な方針が実施されてきたのかを振り返り、どのような改善が可能なのかを議論するのが、人種差別撤廃員会の審査なのではないだろうか。人種差別撤廃条約の加盟国は、委員会による審査の場を単なる報告義務と捉えるのではなく、専門家による建設的な批判や助言を得ることのできる貴重な機会として臨んでほしい。今年8月には4年ぶりに日本の審査が行われる。日本政府は国内の差別の現状にどう向き合うのか、世界から再び注目される。

スリランカの人権侵害と調査
 また、3月に行われる人権理事会において、スリランカへの国際的かつ独立した調査委員会の設置を求める決議が、アメリカと賛同国によって提案される。国際社会の再三にわたる呼びかけにもかかわらず、スリランカ政府は国際基準に沿った適切な調査を行うことを怠ってきた。スリランカ政府の消極的な姿勢に対して、内戦中から現在までの広範にわたる人権侵害に対して調査を行う委員会が設置されようとしている。スリランカにおける人権侵害というと内戦だけが注目されがちだが、弁護士や人権活動家、ジャーナリストは現在の問題も同様に重要であると強調している。なぜなら現在起きている人権侵害は内戦と密接に結びついているからである。内戦中の人権侵害が調査されず、説明責任が果たされないことによって、社会に免責の風潮が蔓延し、現在加害行為を行っている者が訴追を恐れないからである。内戦中やその後に強制失踪させられた者の行方を問い合わせた家族や活動家は、嫌がらせや脅迫を受け、過激な仏教徒によってイスラム教徒やキリスト教徒は襲撃されている。北部地域では軍が過度に駐在し、少女や女性は暴力にさらされ、土地が軍によって強制収用されている。また、最高裁判所や国内人権機関といった司法機関の人事を大統領が任命できるように憲法が改正されたことにより、人権侵害事案に関してスリランカ国内で正義を求めるのは事実上不可能となっている。この原稿を書いている時点では決議の草案は提出されておらず、これからどのように内容が調整され、3月末の投票にかけられるのかまだわからない。IMADRは、スリランカおよび他のアジア各国に影響力を持つ日本が、この決議に賛成票を投じるよう働きかけてきた。しかし、スリランカ政府自らによる説明責任と和解の実施を求める前回の決議に日本は棄権している。今回の決議に対して日本がどのような姿勢を見せるのかにも注目したい。