「慰安婦」問題とヘイトスピーチ ――公人による否定発言と闘う中で

方清子(ぱんちょんじゃ)
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク共同代表

 ヘイトスピーチ根絶のために締約国に「迅速かつ積極的な措置」をとることを求めた人種差別撤廃委員会一般的勧告35は「慰安婦」問題が直面している現状について、打開への道筋を示してくれるものだ。
 とりわけ安倍首相や、橋下大阪市長ら自民党・維新の会国会議員が「慰安婦」問題を公然と否定する発言を繰り返している現実との関連で、勧告35はパラグラフ14・22で「人道に対する罪を正当化する公的発言が、人種主義的暴力や憎悪を明らかに扇動する場合、犯罪として言明すべきである」とし、「職務から解くことなどの懲戒的措置、ならびに被害者への効果的救済」に言及していることは力強い。橋下市長が2013年5月に「『慰安婦』は必要だった」と発言、国内外から激しい非難の声が上がったことを受けて、同時期開催中の国連拷問禁止委員会は公人や政治家による「否定発言への反論、元『慰安婦』への十全で効果的な救済と補償の実施」を求めたが、安倍内閣は勧告は「法的拘束力を持つものではなく、締約国に従うことを義務付けていない」と答弁した。国連人権理事国でもある政府のこうした無責任な対応は勧告に従って是正されねばならない。
 「在日特権を許さない市民の会」らによる「慰安婦」問題への攻撃は2007年頃から始まり、2009年より関西圏での攻撃が本格化してきた。各地で開催されている駅前水曜集会などに押しかけ、ヘイトスピーチを繰り返し、負傷者が出る事態にも至った。彼らは「慰安婦は嘘」「金儲けのための売春婦」と繰り返す一方、市民に向けて「祖国を守って戦った祖先が他国を侵略し、女性をレイプしたなんてウソは信じないで」と呼びかけた。また、「朝鮮人こそレイプ魔」「チョンコ、チョンコ」と連呼し、差別と憎悪を煽った。こうした明らかな人種差別・人権侵害が警察権力によって「表現の自由」として守られる一方、私たちの行動は常時彼らに監視され、妨害され、表現の自由が脅かされてきた。2012年9月、被害者証言集会に押しかけたレイシストの一人は、入場を断られると警察に傷害の被害届けをだし、5か月後に主催者である私たちの連絡所が公安警察によって家宅捜索されるという事態に発展したことはその一例である。パラグラフ26では表現の自由についてその権利を「他者の権利と自由の破壊を意図するものであってはならず」と規定している。
 しかし、最も憂うべきは「慰安婦」問題についてレイシスト集団の発言が容易に受け入れられてしまう日本社会にある。背景には日本の歴史・文化教育があげられる。パラグラフ30~33では人種主義は「洗脳や不適切な教育の産物ということができる」とし、普遍的人権教育などの重要性を説く。「慰安婦」問題を否定する人々の存在も歴史教育の歪みが生み出したものといえる。
 最後に、パラグラフ37は「公人がヘイトスピーチを断固として拒否し、表明された憎悪に満ちた思想を非難すれば、それは寛容と尊重の文化の促進に重要な役割を果たすことになる」と指摘する。現実は真逆である。今や日本の国会は歴史問題や在日外国人に対するヘイトスピーチが公然と飛び交う場になっている。日韓日中の関係がかつてなく悪化しているなか、「慰安婦」問題の解決は関係改善への鍵を握っていると思われる。勧告を活かして解決への道を切り拓いていきたい。

(1) 勧告35および本冊子はIMADRの次のurlで全文ダウンロードできます。 http://imadr.net/cerd_gc35_brochure/