規制か表現の自由かを超えて

師岡康子『ヘイト・スピーチとは何か』出版記念トークセッション

~国際人権の視点から――グローバル・スレイバリ・インデックス(世界奴隷制指標)2013報告要旨
(作成:Walk Free Foundation)

 現代的奴隷制には、奴隷制、奴隷制に準じる実践、(債務による拘束、強制的結婚、子どもの売買や搾取など)、人身売買、強制労働がふくまれる。 本年2013年は、グローバル・スレイバリ・インデックス計画の初年度にあたる。このプロジェクトの最初の重要所見は、全世界で推計2億9,800万人が奴隷状態におかれているということである。(1)

1. 現代的奴隷制の被害者率の国別ランキング
 グローバル・スレイバリ・インデックスは162か国のランキングを発表したが、これは三つの因子、すなわち人口あたりの現代的奴隷制被害者率の推計値、児童結婚をめぐる評価値、出国および入国をともなう人身売買をめぐる評価値を複合した評価基準を採用している。評価基準は、第一の因子すなわち被害者率がより反映するように加重されている。ランキングの第1位は、集中的に現代的奴隷制がみられる深刻な状況であることを示している。第160位は、もっとも軽微な状況を示す。
 モーリタニアは、世襲奴隷制が社会に深く根づいている西アフリカの国であり、ランキングの第1位を占めた。この評価はモーリタニアにおける高い被害者率を反映しており、数値でみると総人口わずか380万人にすぎないこの国で14万人から16万人が奴隷化されていると推計される。また、この順位には高い児童結婚も反映しており、人身売買も、より低い程度であるが、反映している。
 ハイチは、紛争と自然災害に悩まされ、レスタベック制度(子どもの強制労働)が社会に深く根づいているカリブ海域の国であり、ランキングの第2位を占めた。この評価は高い現代的奴隷制被害者率を反映しており、数値で見ると総人口1,020万人にすぎないこの国において、20万から22万人が現代的奴隷制の下にあると推計される。また、この順位には児童結婚およびハイチから出国する人身売買が高水準にあることも反映している。
 パキスタンは、隣国アフガニスタンとの国境が無統制であること、大量の避難民の発生、脆弱な法の支配によって特徴づけられ、ランキングでは第3位であった。1億7,900万人以上におよぶ総人口をもつパキスタンでは、200万から220万人が各種の現代的奴隷制のもとにあると推計されている。
 アイスランド、アイルランド、英国は、ランキングの第160位に並んだ。だが、この評価はこれらの国が現代的奴隷制とは無関係であることを示していない。逆に、英国だけでも4,200人から4,600人が現代的奴隷制の下にあると推計される。アイルランドとアイスランドでは推計値はずっと小さく、アイルランドでは300人から340人が、アイスランドでは100人以下が現代的奴隷制の下にあると推計されている。この問題への英国の対応策を検討したところ、現在の政府の対策は断片的で相互の関連が薄く、さらに多くの対策がなしうることや、現行制度には人身売買犠牲者の子どもが保護の対象外となっているといった深刻な欠陥があることが確認された。

2. 現代的奴隷制の被害者数の推計値
 グローバル・スレイバリ・インデックスは、162か国における推計された現代的奴隷制被害者数の[人口あたりの割合ではなく]絶対値も検討している。推計された奴隷制被害者数の絶対値を単一の因子として評価した場合、国別ランキングは大きく変わる。 高い奴隷制被害者数を示した国は、インド、中国、パキスタン、ナイジェリア、エチオピア、ロシア、タイ、コンゴ民主共和国、ミャンマー、バングラデシュである。これら諸国の被害者数を合計すると、現代的奴隷制の総被害者数の推計2億9,800万人のうち、76%を占めることになる。
 推計された現代的奴隷制被害者数の最大値を示したのはインドで、1,330万人から1,470万人が奴隷化されていると推計される。国別検討の示唆するところによれば、この国では外国人に対する搾取もみられるが、はるかに高い割合でこの問題を構成しているのは、インドにおけるインド人に対する搾取、とりわけ債務による拘束と拘束下の労働による搾取である。
 絶対値において2番目に高い現代的奴隷制被害者数を示したのは、中国であり、280万人から310万人が現代的奴隷制の下にあると推計される。中国の国別検討の示唆するところによれば、これには同国経済の各分野における男性、女性、そして子どもの強制労働がふくまれ、さらにそこには家庭内奴隷、強制的な物乞い、女性と子どもに対する性的搾取、そして強制的結婚がふくまれている。 絶対値において3番目に高い現代的奴隷制被害者数を示したのは、パキスタンであり、200万人から220万人が現代的奴隷制の下にあると推計される。 (翻訳:古屋哲)

(1) インデックスは、各評価対象国の奴隷制被害者数の範囲を推計した。推計された総被害者数の最小は2億8,300万人、最大は3億1,300万人である。また、推計値の中央値は2億9,800万人であった。
反差別の市民社会づくりをめざして~

2月25日、標題の集会が有志からなる実行委員会の主催によりクレオ大阪で開催された。岩波新書『ヘイト・スピーチとは何か』の出版を記念して、著者の師岡康子(もろおかやすこ)さん(1)を招き、金光敏(キムクァンミン)さん(2)によるインタビュー形式で、本のテーマを巡り師岡さんに語っていただいた。後半にはフロアから活発な質問や意見が出されたが、紙面の関係より前半の内容だけをここに要約して紹介する (文責:編集)

金光敏:師岡さんはどのようなきっかけで外国人差別の問題に関わるようになられたのですか?また、ヘイト・スピーチを含み、差別禁止の法規制への取り組みを始められた経緯をおしえてください。

師岡:2002年9月に拉致問題が明るみになってから、日本の新聞・テレビはこぞって朝鮮バッシングに走りました。それは、朝鮮学校の生徒や子どもたちへの嫌がらせにつながり、朝鮮人に対する暴言や暴行が全国各地で続きました。弁護士としてこの問題に歯止めをかけなくては、そう思ったのが始まりでした。
 戦後、日本は植民地支配や歴史にきちんと向き合ってきませんでしたが、抽象的ではありますが、1995年の村山談話に象徴されるように、建前上、日本が加害者、朝鮮は被害者であることは示されてきました。しかし、拉致問題以降は逆転し、日本は被害者で朝鮮は加害者だから、何を言ってもよいという風潮が高まりました。
 朝鮮学校の子どもたちへの暴行暴言の問題を解決する方法を模索する中で、日本は人種差別撤廃条約に加入しているにもかかわらず、差別禁止法がないことが分かりました。多くの国には差別禁止法が設けられており、それは国際的常識であることを知りました。日本で法律が制定されることをめざして、2005年にNGOの外国人人権法連絡会を作りました。
 朝鮮学校の問題に一緒にとりくんできた弁護士の中にも差別的表現(当時はヘイト・スピーチのことをそう呼んでいた)を規制することに反対する人がたくさんいました。そのような弁護士を説得し、ヘイト・スピーチ規制も含む差別禁止法を作るためには勉強しなくてはいけないと思い、日弁連の支援プログラムを使ってアメリカ留学を決めました。留学先のニューヨーク大学では運悪く人種差別の問題を専門とする教員がいませんでした。その後、イギリスのキール大学大学院で国連の人種差別撤廃委員会の委員が教えていることを知り、アメリカからイギリスに渡りました。

金光敏:イギリスでは印象的な場面に遭遇したと聞いていますが?

師岡:大学院に入学する際、警察の説明会に出るように言われました。外国人管理の話だろうと思って行ったところ、ヘイト・スピーチとヘイト・クライムの警察担当者が居て、ヘイト・スピーチとヘイト・クライムに関する法律の説明をうけました。外国人学生は被害にあうかもしれないので、いつでも相談にきてくださいと言われました。イギリスにはこれらの規制法も含む差別禁止法、そして国内人権機関があり、基本的な人権法制度が整っています。検察庁も毎年ヘイト・スピーチ、ヘイト・クライムの統計を出しています。

金光敏:そこまで整えているということは、逆にイギリスでは差別事件が多いというようにもとれますが?

師岡:イギリスでも差別はあり、現象的には日本よりもひどいヘイト・クライムの殺人や暴力事件が起きています。しかし日本と違うところはそれを放置してこなかったという点です。1965年に差別禁止法を作ったときにすでにヘイト・スピーチの規制条項が盛り込まれていました。その後何度も改正されてきました。

金光敏:著書の3章に法規制を選んだ社会と題して、イギリス、ドイツ、カナダ、オーストラリアの事例が紹介されています。読まれた人の間でもこの章は特に好評のようです。

師岡:どの国にも差別の問題は存在しますが、ここに紹介した国は差別に向き合い法制度を改善してきました。どの国においても表現の規制については論争がありますが、それでも被害を放置しておいてはいけないということで、工夫や改善を重ねながら取り組んできました。それに比べて日本はどうでしょう?それを伝えたかったのです。

金光敏:日本では規制か自由かという点で論じられ、アメリカは表現の自由を優先させ規制には消極的であり、日本でもその主張が主流であると言われてきました。実際のところ、アメリカとヨーロッパは違うのでしょうか?

師岡:違います。しかしアメリカの事例もそんなに単純ではありません。1960年代70年代まではヘイト・スピーチを規制する州法がいくつもありました。表現の規制ということで言えば、ジェノサイドの扇動には今も刑事罰が敷かれています。また、ハラスメントについても、特定個人に対するものでなくとも環境型も含めて、性的ハラスメントだけではなく民族差別によるものも規制されています。もちろん、ヘイト・クライムについては厳しく規制されています。さらには、アファーマティブ・アクションの制度もあります。アメリカは差別の問題に政府も社会も取り組んでおり、日本とは比べものになりません。ヘイト・スピーチに関しては他国ほど厳しくありませんが、差別に全体的に取り組んでいるという点を見るべきです。

金光敏:先日のニュースで、イギリスで日本への渡航者にヘイト・スピーチに気をつけろと注意喚起をしていると報じられていました。在日特権を許さない市民の会(在特会)のような行動はイギリスでは法規制の対象になりますか?

師岡:はい。

金光敏:京都朝鮮学校襲撃事件の民事裁判で、被告の在特会の表現の一部は人種差別に相当すると裁定されました。「賠償請求が認められたので、抑制効果があるのではないか。むしろ今はこれを使うべきで、法規制そのものは急いでやる必要はないのでは」、という意見が聞かれますが。

師岡:この画期的な判決は新聞各紙の社説でとりあげられました。たしかに、現行法で対処できるのではないのかという論調が多かったです。しかし現実には毎週排外主義デモが繰り返されています。京都地裁の判決の中で、不特定多数に対する排外主義デモは、現行法では規制できないとわざわざ但し書きがされています。現行法の限界を指摘した点でも判決は意味があったと思います。

金光敏:この新しい挑戦にどう向き合うのか、日本社会は問われています。師岡さんも著書の中で、規制と表現の自由の二項対立ではないと主張されていますが、それについて少し説明してください。

師岡:国際的には、表現の一形態であるヘイト・スピーチ規制と表現の自由とのバランスをどうとるのかということが問題になってきました。0か100かではなく、どうやってバランスをとるのかが問題です。法規制には乱用や萎縮効果の問題がありますが、それを最大限コントロールしながら、被害者の生活を脅かし心身を傷つけているヘイト・スピーチを止めなくてはいけません。社会に差別と暴力を蔓延させ、歴史的にはジェノサイドや戦争に結びついたというのが過去から学んだ教訓です。そのため、法律が乱用されないよう明確な規定をもって規制するというのが、国際社会が到達した了解点です。2012年に国連人権高等弁務官事務所がまとめた扇動に関するラバト行動計画(3)や、2013年9月に人種差別撤廃委員会が出したヘイト・スピーチに関する一般的勧告35(4)も、ヘイト・スピーチは絶対に止めなくてはいけないこと、法規制がマイノリティの弾圧に使われないように抑止しなくてはいけないということを問題としています。

金光敏:日本では国際条約の国内適用は重視されず、NGOの主張も無視されてきました。ヨーロッパでは国際人権法はどのように位置づけられ、各国はどのように取り組んでいるのでしょう?

師岡:法制度で大きく異なるのは、ほとんどの欧米諸国は個人通報制度に入っているということです。OECD34か国の中で、どの条約の個人通報制度にも入っていないのは日本ともう一か国だけです。個人通報制度のもとでは、人権侵犯の事件が国内の裁判で解決できなかった場合、条約委員会に訴えれば審査をしてくれます。審査により条約違反と判定されれば、その国の裁判所の判断が国際的に問われることになります。多くの国では個人通報制度のもと違法となれば、それに従って処分や法律を変えています。そのため、個人通報制度に入っている国の裁判所は、たえず国際人権諸条約を気にしなくてはいけなくなります。日本でも民主党政権の時に個人通報制度に入るべくかなりの準備が進められましたが、政権交代になりストップしたままです。多くの国際人権監視機関が日本政府に個人通報制度に入るよう勧告しており、政府はそれら勧告を拒否していないので、自民党政権であっても可能性はあるし、私たちはそれを追求しなくてはいけません。

金光敏:今後の取りくみの一つとして、法律家の立場からヘイト・スピーチに関する実態調査の必要性を強く説いておられます。その点についてもう少し詳しくお話しください。

師岡:この本で、ヘイト・スピーチは罵倒や相手を攻撃する物言いの問題ではなく、差別構造の一つであることを伝えようとしました。ヘイト・スピーチに取り組むには差別全体に取り組む必要があります。一番の問題は、日本政府が戦後一貫して差別的な在日朝鮮人政策を取り続けてきたことで、その結果がヘイト・スピーチ、ヘイト・クライムとなって表れています。そのためには、これまでの差別政策を洗いなおして、差別撤廃政策を作らなくてはなりません。日本には、国連が義務付けている差別撤廃法制度は存在しないに等しいです。その制度を作る前提として差別に向き合わなくてはなりません。そのためには、差別の実態を知る必要があります。CERDは日本に対して実態を把握するよう勧告してきました。しかし実態が明らかになると困るため、政府は黙して語らずで、義務を放棄してきました。どのような規制法を作るかについては議論が分かれますが、まずは差別の現実に向き合い実態調査をするということは全体の総意となっていますし、当面の重要課題であると考えます。

金光敏:人種差別規制法が必要なほどの差別は存在しないという日本政府の答弁に対して、今起きていることは動かしがたい事実となりますね。

師岡:2013年1月のCERDへの政府報告は差別扇動や差別的取扱いはないとしています。その後、排外主義の扇動が激しくなり、安倍首相、谷垣法相は認めざるをえなくなりました。さらには 京都地裁が差別街宣は人種差別撤廃条約違反であると認定し、不特定多数の集団については現行法では対処できないと断言しました。私たちはこれを好機として逃してはいけないと思います。

金光敏:政府には実態調査に対して消極姿勢があるのでは?

師岡:まずは国会で取りくむのがよいと考えます。首相や法相は憂慮するといったものの、何もやっていません。国の一機関である国会も条約に基づき差別を終了させる義務があるし、真剣にとりくんでいる議員たちもいます。他の国でも議会を通して差別の実態調査を行なったケースがあります。日本ではこれまでいろいろなレベルで差別の実態調査が行われてきているので、それらを集めて整理をし、国会に提示をして調査を求めていきます。実態調査の必要性について意見は分かれていないので、今後は国会に働きかけていくことが重要となります。

金光敏:この問題の底に日本の植民地支配の正当化があります。日本が近代国家の形成過程で必要とした近隣国を見下す歴史観が水脈として続いています。在日への嫌がらせはずっとありましたし、今やその攻撃は他のマイノリティにも広がり、生活保護受給者やジェンダーバッシングへと広がっています。差別への制御が不能になり始めてはいないかと懸念されます。最後に、この本で一番言いたかったことをお願いします。

師岡:ヘイト・スピーチが報道機関で大きくとりあげられ、社会で意識されたことはこの問題に取りくむうえで大いに活かせることです。しかし言葉だけが先行して、ヘイト・スピーチそのものはまだ理解されていません。ヘイト・スピーチは差別です。マイノリティへの言葉による攻撃であり、心身と生活に実害を及ぼしているものであり、止めなくてはなりません。その思いからこの本を書きました。

岩波新書
「ヘイト・スピーチとは何か」
師岡康子著
2013年12月20日発行
定価(本体 760円 + 税)

(1) 師岡康子(もろおかやすこ)
弁護士、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員
外国人人権法連絡会運営委員
(2) 金光敏(キムクァンミン)
(特活)コリアNGOセンター事務局長
教育コーディネーター

(3) 扇動に関するラバト行動計画
国連 差別、敵意又は暴力の煽動となる国民的、人種的又は宗教的
憎悪の唱道の禁止に関するラバト行動計画 A/HRC/22/17/Add.4
(4) ヘイト・スピーチに関する一般的勧告35
人種差別撤廃委員会一般的勧告35 人種主義的ヘイトスピーチと闘う
日本語訳はhttp://imadr.net/cerd_gc35_brochre/