ビジネスと人権に関する国連作業部会(以下、作業部会)の日本訪問報告書でPFAS汚染への言及が実現した背景には、およそ1年弱に及ぶ国連人権高等弁務官事務所との情報交換があった。今回はその経緯を振り返りたい。
端緒となったのは、国連人権高等弁務官事務所の東アジア担当者であるサラさんが昨年春に日本を訪問した際にIMADRのコーディネートで実現した市民社会組織との意見交換会だ。Zoomで参加する機会を得た私は、沖縄における基地問題とPFAS汚染問題についてサラさんに情報提供を行ったのだ。その後、作業部会が日本訪問においてPFAS汚染も調査テーマの一つに加えることになり、サラさんを通じて関連する研究者や市民社会組織を作業部会に紹介してほしいという打診があった。
PFAS汚染は、2016年に沖縄県企業局が県内45万人に給水している北谷浄水場の取水源である河川や井戸からPFASが検出されたと発表したことをきっかけに沖縄県内で大きく注目されるようになった。これらの河川や井戸が米軍の嘉手納飛行場の周囲に集中しており、米軍で長年使用されていた泡消化剤にPFASが含まれていたことから、汚染は米軍基地に由来すると考えられている。沖縄ではその後、米軍普天間基地の近隣の湧水からも高濃度のPFASが検出されたほか、2020年には泡消化剤が漏出、さらに2021年にはPFASの「処理水」が沖縄県などの合意なしに下水道に放出されるなどの事件が相次いでいる。このため、沖縄県では早くからPFAS汚染問題に関心が寄せられ、多くの市民社会組織がこの問題に取り組んできた。
多くの米軍基地を抱える沖縄県に固有の問題であるかのように捉えられていたPFAS汚染問題だが、同じ米軍の横田基地に隣接する東京都の多摩地域でも井戸から高濃度の汚染が検出された。2020年に環境省が行なった全国調査では、大阪府摂津市の河川から最も高濃度でPFOAが検出され、愛知県では水道水の配水場からPFASが検出されたが、これらの原因は米軍基地ではなく、民間企業の工場などに由来する可能性が指摘されている。このようにPFAS汚染は地域的な広がりと共に原因についても多様な背景が指摘されるようになっている。
そこで、東京、愛知、大阪、沖縄でそれぞれPFAS汚染問題について取り組んでいる市民団体と、これらの団体と連携して研究を行っている京都大学の原田浩二准教授、小泉昭夫名誉教授が作業部会と面談を行えるように調整を行なった(沖縄については地理的な要因から実現しなかった)。
実際の面談は、多様な環境問題に取り組む市民社会組織から30名以上が参加する会に参加する形となったため、PFAS問題について発言できる時間は非常に限られたものであった。また、作業部会のマンデートの特性上、PFAS汚染と企業活動との関係に質問が集中し、沖縄など軍事基地に由来するPFAS汚染についてはほとんど言及することができなかった。そのため、面談に参加した市民社会組織や研究者からの情報を作業部会のアシスタントに文書などの形で提供しフォローアップを行った。
それが功を奏したのか、報告書では2パラグラフに渡ってPFAS問題が言及され、「PFASに汚染された水源の近くに住む人々の健康調査を実施する政府のイニシアティブが限定的だ」との指摘と共に「水道水のPFAS汚染とその人体への影響に対処し、PFASの暫定基準値が最新の科学的知見に基づき、環境基準に合致したものになるよう確保すること」という勧告が発せられた。今回の作業部会との関わりから、改めて継続的な、特に文書を通じた情報交換の重要性とともに国連人権機関と日本の市民社会組織をつなげるハブとなっているIMADRの重要性を確認した。
IMADR通信219号 2024/8/8発行