誰が「特権」を享受しているのか ──フランス大統領選挙にみる極右の主張

稲葉 奈々子(いなばななこ)

上智大学教授、IMADR理事

 

「やつらの特権に反対!私たちに権利を!」

これは、2017年4月1日にパリの共和国広場から出発したデモのスローガンである。この春、フランスは大統領選挙を控え、5年に一度巡ってくる政治の季節が到来した。4月23日の第一回投票では極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペンが首位になると予想されている。

冒頭のデモは、2000年代に反グローバリズム運動を牽引してきた複数の運動団体によって呼びかけられた。多国籍企業を優遇し、社会的権利を次々と切り崩していく政治に異議を申し立てている。いわば「左」の社会運動団体である。

ところがこの主張は、スローガンだけ見ると、どこか極右に似通ってしまう。反グローバリズム運動は、EUにおいて市民が意志決定に直接参加する方法を持たず、多国籍企業が優遇され、底辺で働く労働者の権利が脆弱になっているという認識に基づいて、社会的な不公正を糾弾し、反失業や当事者性を訴え、高級官僚に権力が集中することに異議を申し立てる。

デモを担うホームレス支援団体のひとつ「住宅への権利運動」の活動家アニー・プールは、「やつらの特権に反対!私たちに権利を!」というスローガンだけが一人歩きすると、極右のイメージアップに資するメッセージになりかねないことを危惧する。市民がEUに反対している、と。もちろん、反グローバリズム運動が反対してきたのは、ヨーロッパ統一という考え方そのものではない。EUの取り決めには多国籍企業が労働者を解雇する時の再就職先の斡旋や退職金にかんする社会条項が欠けていることなど、社会的権利の後退に対する抗議である。とはいえ、ル・ペンの「緊縮財政などに起因するすべての諸悪の根源はEUにある。フランス人に、EUに代わるような希望を与え、自由で、主権を行使でき、繁栄を享受し、誇りを持った人びとの春を謳歌すべきだ。今のグローバリゼーションは高級官僚を利するばかりで民主主義は後退させられている」という主張に似通っていることは確かだ。

 

極右を支持する貧困層

フランスのル・ペン支持者には若者が多い。経済紙レゼコーの2017年2月の世論調査によれば、35才未満の30~35%がル・ペンへの投票の意志を表明しているのに対し、最大野党の保守政党「レピュブリカン」のフィヨン支持は7~10%、独立系の中道リベラル政党「アン・マルシュ!(前進!)」のマクロンは24%、社会党のなかで「極左」と評価されるアモンは18%、「ラ・フランス・アンスミーズ(服従しないフランス)党」を率いる左のポピュリストといわれるメランションは12~14%にすぎない。しかも、これは第一回投票についてである。フランスの大統領選は過半数を得票した候補者がいなければ上位得票者2人で決選投票が行なわれる。今回はル・ペン対マクロンになると予想されているのだが、同じ世論調査では若者の65%がル・ペンに投票するとしている。

もっとも、この傾向は今に始まったことではない。極右支持の若者の社会経済的なプロフィールを調査した政治学者ノナ・マイエールによると、高卒以下の学歴の若者の35%が国民戦線支持であるのに対し、高卒後も学業を続けている場合は10%にとどまっている。学歴の低い若者には失業者も多く、年齢の若さや勤続年数の短さゆえに十分な社会保障の給付を受けていない。そうした若者にとって、移民よりも「フランス人優先」という主張は当たり前という感覚があり、国民戦線のスローガンに惹かれるという。かつてであれば労働組合に動員された層だが、今日の労働組合は不安定就労の若者を組織化する術を持たない。

とはいえ、全体としては、貧困層は左派政党を支持してきた。前回2012年の大統領選挙では、貧困層ほど、棄権あるいは社会党に投票する傾向が見られたという。その結果、保守の国民運動連合が敗退し、社会党政権が誕生した。

公式な統計では貧困ライン以下の生活を送る人は880万人と推定されている。マイエールは貧困層をさらに広くとり、失業者、シングルマザー、社会給付を受けていない失業中の若者、十分な年金のない高齢者も含めて1700万人と考えている。ここでマイエールは、貧困を単に経済的な指標によるのではなく、安定した収入や住宅を維持できないことからくる将来への不安、やむをえないときに借金を申し込むことができる頼れる関係の知人の不在による社会的孤立など、「社会的排除」といわれる状態で定義している。こうした「社会的排除」を経験している人たちが、2012年には社会党に投票した。このときにはまだ、社会党候補者は「貧乏人の味方」で、保守党は「金持ちの政党」と考えられていたのである。この同じ層の人たちが、2015年の統一地方選では64%が国民戦線に票を投じたという。

 

「特権を享受するやつら」とは誰か

極右にとっての「特権を享受するやつら」は、国家やEUのエリートだけではない。社会給付を受ける移民や難民もやり玉にあげられる。ただし、「フランス人優先」とはいえ、ル・ペンは、フランス共和国に統合されているならば、イスラムと共和国理念は両立可能だとまで言っている。移民といっても、社会給付によって生活する貧困層が標的にされているのだ。難民の場合も、フランス人が公営住宅への入居を何年も待っているのに、到着後すぐに難民が厚遇されるのは、特権待遇であり、「ずるい」ということになる。

もっとも、大統領選挙のテーマは、治安と雇用であり、正面から移民・難民問題が論じられているわけではない。とはいえ治安の悪化も、失業問題も、「移民・難民」の責任という筋立てである。ル・ペンは「フランス人優先」を掲げ、EUからの離脱を主張し、非正規滞在移民や難民申請者など、無保険の生活困窮者の医療費を国家が100%支払う制度を廃止し、公営住宅に移民を入居させないことを訴える。

このように移民や難民は、特権を享受する「やつら」であり、「貧乏人の敵」として極右によって標的にされる。治安悪化の元凶も「やつら」にあるとされ、警察の暴力の標的になるのも、失業率が高い地区の移民である。今年3月19日には警察の暴力に抗議するデモがパリで行われた。3万人が参加し、その多くが移民当事者の団体であった。警察官のひとりが職務質問の際に警棒で若い男性をレイプしたことが引き金となり、パリ郊外で暴動が起きたことを受けてのデモであった。

デモを企画した団体のひとつは、戦後から今日に至るまでに警察に殺された市民300人のポートレイトをブックレットにしている。全員がフランスの旧植民地出身の男性であり、警察の暴力を理解するには、植民地支配の問題を抜きにして考えることはできないと指摘する。実は、これまでフランスの左派の市民団体は、植民地主義の問題をほとんど語ってこなかった。支援者のほとんどがミドルクラスのフランス人であり、植民地主義の問題を引き合いに出して罪悪感を喚起するのでは、運動にミドルクラスを動員できないと指摘する活動家もいる。

むしろ移民との連帯を前面に出し、移民を支援するデモでは、「一世、二世、三世、私たちは皆、移民の子どもだ」というスローガンが好んで用いられる。もちろん実際には、白人フランス人と、移民の間には大きな溝がある。「私たちは皆」と一括りにするのは、白人フランス人のほうであり、移民当事者ではない。もし「特権を享受するやつら」という図式において、植民地支配を考慮するならば、フランス人こそが「特権を享受する」側となる。この現実を正面から見つめることなしに、排外主義に立ち向かうことはできない。極右のような排外主義は問題外だが、善意の「連帯」だけでは解決しない人種差別の問題は、フランスだけではなく、日本にもある。本当に「特権」を享受しているのは誰なのか、目を背けないで議論することが必要だろう。