濫用される米国の体制:入国管理に関するトランプの大統領令

マイケル・オーランド・シャープ

米ニューヨーク市立大ヨークカレッジ准教授、IMADR理事
トランプ大統領が1月27日に署名した最初の大統領令は、米国への入国を、すべての難民について120日間、シリア難民については無期限に禁止し、さらにムスリムが多数を占める主要7か国(イラン、ソマリア、イラク、リビア、スーダン、シリア、イエメン)の国民の入国も禁止した。トランプの大統領令(以下、大統領令)は、迫害や戦争を逃れてきたムスリム難民の保護を拒否するものである。また、標的とされた7つのイスラム教国出身の移民または難民が米国本土にテロ攻撃を行ない、死者を出したことはない。トランプ政権は、これは「ムスリム禁止令」ではないと主張したものの、中東・アフリカ地域で少数派である宗教の信者(具体的にはイスラム教徒)よりもキリスト教徒の入国を優先させようとしたのであるから、外見的にはムスリム禁止令である。

この渡航禁止令が拙速に実施されたために、米国にやってきた人びとが入国を阻まれ、空港で収容され、はては退去強制の対象にさえなったことをきっかけとして、標的とされた移民・難民と連帯するデモや行動が全米で繰り広げられた。ニューヨーク、バージニア、ワシントン、マサチューセッツをはじめとするいくつかの州では連邦裁判所裁判官が対応し、空港における個人の収容、弁護人へのアクセスの許可、収容・退去強制など大統領令によって生じたさまざまな問題を取り上げて、大統領令の全面的な一時差し止め命令を言い渡している。この差し止め命令は、連邦第9巡回区控訴裁判所によって確認された。

トランプは3月6日に2つ目の、「水で薄めた」大統領令を発布し、これによって当初の法的懸念への対応がなされたことを願うと述べた。これは、ムスリムが大多数を占めるイラクを除く6か国の出身者について90日間、またすべての難民について120日間、入国を禁止するものである。イラクが除外されたのは、同国がスクリーニング手続きを改定して米国の基準に合わせたからという理由に基づいている。加えて、迫害を受けている宗教的マイノリティに関する条項は削除され、またグリーンカードおよび査証保持者には適用されないこととされた。

この大統領令は、ハワイ州とメリーランド州の連邦裁判官によって差し止められた。裁判官らの判断は、この直近の禁止令はムスリムに対する差別であり、したがって宗教の自由について定めた連邦憲法の規定に違反するというものだった。トランプは、これは国家安全保障のために、また米国をテロリストの攻撃から守るために必要であると主張している。連邦司法省は、より保守的な連邦第4巡回区控訴裁判所に上訴する予定である。トランプは連邦最高裁までこの問題を持ちこむと宣言してきた。連邦最高裁が大統領令についてどう判断するかは、米国の原則と制度が擁護されるのか、それとも否認されるのかの分かれ道である。

 

著しく人種差別的な過去と米国の体制をどう調和させるのか

米国は、行政府・立法府・司法府間の「権力分立」および「抑制と均衡」の体制をとっている。これは、自由を維持し、「多数者の専制」を防止することを狙ったものである。しかし米国大統領には、こと出入国管理に関してはかなり自由に行動する余地がある。特定の、または特定の種類の人びとの入国が米国にとって害になると考えれば、その入国を認めないこともできるのである。これまでのところ、連邦裁判所が司法審査権限を通じて大統領令を何とか一時的に差し止めてきたという意味で、米国の体制が優位を保ってきた。

しかし、米国の制度にこのような強さがあるとはいえ、米国には著しく人種差別的な歴史があることを忘れることはできない。その歴史は、ネイティブアメリカンの殺戮と土地収用に始まり、米国建国のために大きな役割を果たしたアフリカ系アメリカ人の奴隷化、残酷な取扱いおよび歴史的周縁化として続いている。

米国には、人種差別的・排他的な入国管理政策の長い歴史があり、そこでは、「均質的な社会」を維持していく意図のもと、白人の西欧人およびプロテスタントである移民が優先された。入国管理において人種的・民族的選好を推し進めるために政府がとった措置の事例は多数ある。1882年中国人排斥法、日本人の米国移住を実質的に制限した1907~1908年の日米紳士協定、1924年出身国別割当法などである。大統領令は、トルーマン大統領が第2次世界大戦中の1942年に発布した、適正手続きを経ないまま日系アメリカ国民を抑留できるようにした大統領令まで時計の針を戻すものにほかならない。

公民権運動および南欧出身者団体の圧力により、入国管理政策における人種的・民族的選好は修正され、差別的な出身国別割当制度に代わるものとして1965年移民国籍法が制定された。1965年法は、人種、性別、国籍、出生地または居住地に基づく優先または差別を禁じている。1965年法がもたらした重要な結果のひとつで、「オルタナ右翼」等の怒りを買っているのは、「米国の褐色化」である。これは、移民人口が増えたこと、またほとんどは欧州系だった移民の人口動態がアフリカ、アジア、南東欧、ラテンアメリカ、そして世界中の国々の出身者へと変わっていったことの帰結を指す。

大統領令は、1965年移民法の違反であるとともに、連邦憲法修正第1条に掲げられた国教樹立禁止条項(政府がいずれかの宗教を他の宗教よりも有利に扱うことを禁じるもの)にも、自由実践条項(特定の宗教を優先することなく宗教の自由を保障するもの)にも違反している。加えて、連邦憲法修正第14条で保障されている「適正手続き」および「平等な保護」への権利を侵害するものでもある。米国の司法はこれまでのところトランプの差別的な大統領令に抵抗してきたが、米国史をひもとけば、時として人種主義と差別が優勢になった時代もあったことがわかる。依然として市民社会は、米国が建国の原則を忘れないように求め、民主的制度を推進していくための重要な要素である。

 

戦後リベラル秩序、米国のソフトパワー、そして世界へのメッセージ

米国は、人権の保護をともなう戦後リベラル民主主義秩序の確立の一助となってきたが、トランプの行動によって、またトランプが非リベラルな国であるロシアを擁護していると見られていることによって、米国のこれまでの取り組みは危機に瀕しているように思われる。

大統領令は、戦後の国際的難民保護体制に対して米国がずっと維持してきたコミットメントからの離脱であり、アンゲラ・メルケル(ドイツ大統領)が最初の大統領令を強く非難するなかで指摘したように、戦争から逃れてきた難民を人道的義務として受け入れるよう各国に求めるジュネーブ難民条約上の要求に違反するものである。政治学者のジョセフ・ナイは、「トランプは、米国のソフトパワーにとっては災厄に、ISIL〔イラク・レバントのイスラム国〕にとっては恩恵になってきた」と主張している。トランプが、選挙運動中も大統領になってからもツイッターを無節操に使用していること、そして突飛な、しばしば間違っている発言を行なっていることは、米国の魅力を損ない、その信頼性を貶めている。

「渡航禁止令」は、世界に対し、胸の悪くなるようなメッセージを発信するものである―米国のリベラル民主主義的価値観は一時停止状態にあり、ムスリムの難民・移民は米国では歓迎されず、そして政策立案者の間に強力な反イスラム感情が存在し、それが米国の法律、政策、民主主義に影響を及ぼしつつあるのだ、と。これは、ISILその他の集団により、米国がイスラムと戦争状態にあることの証拠として解釈・利用されかねない。トランプは選挙運動の際、国民の代表が解除の決定を行なうまで「ムスリムの米国入国を全面的かつ完全に一時停止すること」を求めると具体的に述べていた。このような反ムスリム感情の蔓延と、マイケル・フリン(元国家安全保障担当補佐官)やスティーブン・バノン(ホワイトハウスの主席戦略官)といった一部のトランプ側近が口にする、時として扇動的なレトリックは、米国がイスラムと戦争をしていること、右翼ポピュリストの国際的連合が存在することの証として利用されかねない。

トランプのこれまでの選挙運動および大統領就任後の言動により、米国の文化と政治的価値観は、世界の他の国々の目に、野卑、軽率、頑迷、人種差別的、女性嫌悪的、弱いものいじめ、物質主義的、的外れ、非倫理的、非民主主義的なものと映っている可能性が高い。外交政策などまったく存在しないか、思いつきだけの、その時々の出来事に応じてまともな情報に基づかずに立案される政策しかないとみなされているおそれも十分にある。これがISILにとって恩恵であるのは間違いない。ISILは、豊かな、腐敗した、そして衰退しつつある米国に対抗する、イスラム諸国および開発途上国にとっての最高の道徳的権威として自らを位置づけようとしているからである。

元大統領候補で国務長官も務めたヒラリー・クリントンが、これはわが国の本来のあり方ではないというのは正しい。連邦憲法こそが、そして生命、自由、平等、自治および多様性、団結、妥協、寛容を尊ぶ民主的価値観こそが、伝統的に米国の自己認識を形づくってきた。米国は民主主義と人権に対するコミットメントを維持していくこと、またムスリムは包摂と尊重の対象であり、イスラム教が米国で信じられている他の宗教と異なる扱いを受けたりはしないことを、他国に対してあらためて保証するための措置をとることが重要である。米国が、戦後期におけるリベラルな民主主義的規範の受容を確立していく一助となったのとまったく同じように、現在提示されているモデルは、ハイパーナショナリズム、憎悪、不寛容が受容されるという合図を送ってしまうことになろう。そしてそれは、世界を席巻しつつあるナショナリズムと右翼ポピュリズムの傾向をさらに煽ることになる。

 

なぜこのような対応をとるのか:有権者の慰撫

トランプが大統領に就任してから数週間の間に、これまで述べてきた2つの大統領令以外にも大統領令が立て続けに出されている。メキシコとの国境に壁を建設するというもの、正規の在留資格を持たない移民の保護を宣言している「サンクチュアリ」シティへの連邦資金の拠出を制限しようとするもの、正規の在留資格を持たない移民は、逮捕後、審理まで放免することを慣例とする「キャッチ・アンド・リリース」政策を廃止するというもの、国境管理官を数千人増員するというものなどである。これらの大統領令は、選挙運動時の公約を果たしつつあることを示すことで支持者をなだめ、支持基盤を強化しようとする試みにほかならない。

右翼ポピュリズムが勃興しているのは、グローバル化と新自由主義政策の結果として白人労働者階級が経済的圧迫感を覚えており、米国・欧州のリベラル民主主義諸国の「褐色化」への反応として事実上の白人ナショナリズムを擁護するようになっていることの帰結ではないかと考える向きもある。ムスリム移民を制限する大統領令によって引き起こされた混乱と動揺は、トランプとその取引相手にとっては体制を濫用するための手頃な煙幕であり、トランプらはその陰に隠れて、大企業や富裕層に門戸を開く規制緩和という政治課題を追求しようとしている。トランプは自分が「忘れられた」白人労働者階級の代表であると主張しているが、このような動きは、最終的にはこのような支持母体を傷つけることにつながるだろう。

重要なのは、善意の人びとが、信頼できる報道機関に対して「フェイクニュース」との闘いを促すこと、そして民主主義にとってきわめて重要な市民社会の基礎を形づくる諸団体に加入することである。とくにこうしたやり方こそ、トランプおよびトランプ主義に抵抗し、米国で、そして世界中でリベラルな民主主義秩序と人権の尊重を維持していく手段となる。

翻訳:平野裕二