世系に基づく差別に関するガイダンス・ツールの概要 ―部落問題解決への示唆

李嘉永

IMADR特別研究員、大阪歯科大学講師

 

1.はじめに

国連人権高等弁務官事務所は、2017年3月、「世系に基づく差別に関するガイダンス・ツール」(以下、ガイダンス・ツールという)を取りまとめ、公表した。世系に基づく差別に関しては、これまですでに、人種差別撤廃委員会が「世系」に関する一般的勧告29を、人権小委員会の職業と世系に基づく差別に関する特別報告者が「職業と世系に基づく差別の効果的撤廃に関する原則と指針草案」をそれぞれ公にし、「世系(と職業)に基づく差別」にカースト制度その他の類似の形態の地位の世襲制度に基づく差別が該当すること、それらの深刻な差別の実態に対して国際人権法の枠組みを適切に適用して、かかる差別を撤廃することを求めてきた。

今回取りまとめられたガイダンス・ツールは、これらの一般的勧告や原則と指針で示された「世系に基づく差別」に関する人権基準をもとに、これらの差別の撤廃を国連が各国を対象として実施する援助プログラムに組み込むことを目的とするものである。

ここでは、日本語版をもとに、その内容を紹介し、特に日本の部落問題解決に関連する意義を示すこととする1。

2.ガイダンス・ツールの概要

このガイダンス・ツールは、大きく分けて6章からなっている(表1)。

(1)「人権を基盤とするアプローチ」

第1章「導入・趣旨・方法論」では、このガイダンス・ツールが誰を対象としているか、そしてどのような手法を用いて世系に基づく差別の撤廃を図ろうとしているかが述べられている。

前述したように、このガイダンス・ツールは、従来の国際人権法の仕組みを前提とし、さらに一歩進んで、国連自身のプロジェクトを通じて、差別の撤廃を図ろうとするものである。そのため、主たる名宛人は、国連が各国国内でプロジェクトを実施するための出先機関である「国連カントリー・チーム」と、そのカントリー・チームを統括する「常駐調整官」である。しかし、「この差別と闘おうと取り組んでいる、その他の主な利害関係者にとっても有用なものである」として、当事者団体や、開発援助機関、私的なドナー機関に対しても、このツールの活用を促している。

そして、このガイダンス・ツールが採用している方法論が、「人権を基盤としたアプローチ」(以下、HRBAという)と呼ばれる、人権の実現を、開発援助に組み込むためのプログラム策定の手法である。

HRBAは2003年に打ち出された考え方で、「あらゆる開発協力が人権の実現を促進するべきこと、そして人権基準と原則は、すべての開発協力および計画立案の指針となるべきこと」が合意されている。実際には、国連開発計画(UNDP)を中心とする開発系の国連機関が実施する「国連開発援助枠組み」を通じて運用されている。このガイダンス・ツールは、HRBAに、世系に基づく差別の撤廃の観点を組み込むものなのである。

実際の運用にあたって、重要な要素として、ガイダンス・ツールは4つの原則と手法を挙げている(表2)。

特にこのガイダンス・ツールは、ジェンダー平等の原則を挙げて、この形態の差別が、特に女性や女子に対して、厳しく、そして質的にも異なる被害を与えている複合差別・交差的差別の実態を挙げて、HRBAを実施する際に、ジェンダーの視点を組み込むよう、強く求めている。

(2)世系に基づく差別の実態と、国内的・国際的な撤廃の取り組み

第2章は、世系に基づく差別が、世界各国でどのような実態にあるのかを概観したうえで、各国がその対応のために近年どのような取り組みを行ってきたかを紹介している。また、第3章において、国際社会がこれまで行ってきた世系に基づく差別に関する基準設定を、国際人権条約の系列と、国連機構内部での系列とに分けて整理している。

世系に基づく差別の実態に関しては、特に南アジアのダリットの人々の実態を中心に、次のような項目を挙げている(表3)。

部落差別の実態との関わりにおいても、通婚が制約されるという結婚差別や、部落出身者という地位を変更することが困難であったり、隠していても身元調査で暴かれたり、ケガレなどの観念に基づいて誹謗されていたり、土地差別という形で隔離の慣行が行われているなど、かなりの部分共通した特徴を捉えているといえるだろう。また、世系に基づく差別と女性差別との複合差別に関しては、性暴力をはじめとする、極めて深刻な人権侵害の実態が紹介されている。

3.HRBAの活用と部落問題解決への示唆

それでは、ガイダンス・ツールの具体的な手法を示した第4章と第6章とを、部落問題解決、特に「部落差別解消推進法」の実施との関わりにふれながら紹介してみたい(第5章は、国連内部の調整の仕組みの議論であるため、割愛する)。

(1)プロジェクト策定・実施過程への当事者参加と人材育成

第4章は、表題にもある通り、「権利保有者の参加の確保および義務保有者その他の関係者との連携」を求めており、特に被差別当事者自身が、このプロジェクトに関する実態調査、計画立案、実施のすべての過程に参画することを強調している。当事者が参加することによって、差別の実態がより正確に把握できるし、適切な政策立案も可能になってくる。2016年に公布・施行された「部落差別解消推進法」に基づいて、現在実態調査の実施が模索されているようであるが、このガイダンス・ツールは、そのプロセスに当事者参画を確保するうえでバックアップとなるだろう。

また、被差別当事者が、様々な制度を活用するための能力構築を図ることとしている。その点では、今日、後継者不足の課題を抱える部落解放同盟の各地元支部にとって、人材育成の一つの回路として活用できるのではないだろうか。

(2)実態調査の手法への示唆

第6章では、実際のプロジェクト策定の第1段階として、まず実態調査を行うこととしている。特に、一般的なデータから世系を共有する集団のデータを細分化し、それに加えて、性、都市部/農山村部、障害の有無などによって、さらにクロスすることによって、複合差別問題の実態も明らかにするよう求めている。一般的な統計に、世系のいかんを属性に記入する方式を採るのか、世系を共有する集団を対象とした独自の実態調査を行うのかについては特に指定してはいないが、いずれの手法を採用するにしても、被差別当事者の実態を浮かび上がらせるデータなしには、適切な政策は立案できないとしている点は強調しておきたい。

(3)現時点での課題を浮き彫りにするための一連の設問リスト

また、どのような分野で、課題解決のためのプログラムを策定するかを明らかにするために、ガイダンス・ツールは、それぞれの差別の実態や、その解決のために世系を共有する集団と協議し、かつその状況をモニタリングするために設けられている体制・機構、現時点での自由権・社会権・司法へのアクセスに関して、多様なチェックリストを掲載している(pp.69-73)。これらのチェックリストは、部落問題の関わりでも、「特措法」時代の成果と課題、そして法なき時代に生じた新たな課題を浮き彫りにする上で、有用であろう。社会権についてのチェックリストを、表現を簡略化して表4にまとめたので、関心のある方は、部落の生活実態の現状と照らし合わせて、課題の把握に活用していただきたい。

そのほかにも、このガイダンス・ツールには、様々な知恵が詰まっている。実際の中身は、これまで同和行政の取り組みで、既に実施されてきたものであるかもしれない。しかしそれでも、「部落差別解消推進法」の実施に当たって、力強いバックアップとなるだろう。

 

注1 本稿で示しているページ数は、日本語版のものである。

ぜひガイダンス・ツールの本文を参照されたい。

 

表1 ガイダンス・ツールの章立て

Ⅰ.導入・趣旨・方法論(pp.4-11)

Ⅱ.世系に基づく差別(pp.12-23)

Ⅲ.国際的な基準および機構(pp.24-33)

Ⅳ.権利保有者の参加の確保および義務保有者、その他の関係者との連携(pp.34-48)

Ⅴ.世系に基づく差別と闘うための国連の取り

組みの調整(pp.49-62)

Ⅵ.誰ひとり取り残さない:科学的知見に基づいた行動、政策およびプログラム立案の追求(pp.63-76)

 

表2 ガイダンス・ツール実施上の重要な要素(p.9)

1)特にプロセス及び課題が直接影響をもたらす場合の、被差別集団の代表の参加および包摂の原則。

2)国際法に基づいて確立した特定の人権の付与および対応する義務の枠組みにおける説明責任の原則。

3)女性と男性、特に女子と男子が経験する複合的および交差的形態の差別に、国連の計画が対処することを要求するジェンダー平等の原則。

4)構造的なパターンの差別および不平等を特定するためのデータの収集および細分化。

 

表3 カースト差別の実態(p.12)

i. 世襲される地位を変更することが不可能であり、またはその可能性が制限されている。

ii. 集団外の者との婚姻について社会的に強制される制約がある。

iii. 住居および教育、公共の場所、礼拝所ならびに公的な食料源および水源へのアクセスに関して私的・公的な隔離が行われている。

iv. ケガレまたは不可触制に言及して、人間性を貶める言説の対象とされている。

v. 世襲されてきた職業または品位を傷つける、もしくは危険な労働を放棄する自由が制限されている。

vi. 債務奴隷にされている。

vii. 一般的にその人間の尊厳および平等が尊重されていない。

 

表4 経済的、社会的及び文化的権利(pp.72-73)

・世系を共有する集団と他の集団との環境に違いがある場合、主要な社会的指標に反映されているか。世系を共有する集団内の男女の格差、一般との格差はあるか。

・隔離されているか。不可触制の対象とされているか。隔離の防止・禁止・撤廃のための措置はあるか。

・国連は、社会政策について、政府をどのように援助できるか。

・市場、雇用、所得創出の機会に平等にアクセスできるか。男性・女性で、特定の職業に集中する傾向はあるか。

・健康上の特別の問題を経験しているか。職業上の健康リスク、貧困由来の疾病・栄養不良、女性の妊産婦死亡率・リプロダクティブヘルスに関連する他の問題の発生率はどうか。

・十分な住居に対する権利はどの程度享有できているか。この権利は、土地・財産へのアクセスとの関連でどのような影響があるか。

・教育制度は全ての子どもに平等に開かれているか。学校内でいやがらせ、差別などの人権侵害を経験しているか。教育を受ける権利の実施状況をモニタリングする制度や、ドロップアウトした子どもを追跡する制度はあるか。

・カリキュラムや教員の態度が差別を助長するものになっていないか。教科書に人権教育が含まれているか。教員はどのような研修を受けているか。

・自分たちの文化的・宗教的アイデンティティを自由に表現できているか。国は、文化的生活に対するこれらの集団の貢献を促進しているか。

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