ヘイト・スピーチと闘った在日コリアン女性 裁かれた複合差別

元 百合子

反差別国際運動特別研究員、元大阪女学院大学教授

反ヘイト・スピーチ訴訟

今年の6月19日、大阪高等裁判所は、マイノリティ(社会の権力関係の中で抑圧・差別の対象とされ、いわゆる社会的弱者の地位に置かれた集団・グループ)に属する(あるいは、そう見なされる)女性に対する不法行為を、この国の裁判史上初めて、「複合差別」と認める判決を言い渡した。「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などの排外主義者とその同調者から1年以上にわたって組織的ヘイト・スピーチの集中攻撃を浴びせられた在日朝鮮人女性(韓国籍であるご本人のアイデンティティ表現)、李信恵(リ・シネ)さんが2014年8月に起こした二つの裁判―ひとつは、在特会とその元会長の桜井誠(本名・高田誠)氏、もう一つは、ネット上に氾濫する匿名の書き込みから李さんに対する侮辱や誹謗中傷を抽出・編集して再発信することを商売にした「保守速報」という「まとめサイト」の管理人に対するもの―のうち、前者が勝利的に決着した瞬間である1。一人の勇敢な女性の文字通り身を挺した闘いが勝ち取った歴史的な判決である。形の上では、精神的苦痛に対する損害賠償請求訴訟だが、李さんが真に求めたのは、差別と憎悪の煽動者たちの責任を問い、日本社会が放置してきた人権侵害に歯止めをかけることだった。

ヘイト・スピーチが活発化、過激化する中で、取材活動をしつつ抗議行動に参加していたフリー・ライターの李さんに、街頭とネット上で排外主義者とその同調者たちが執拗に行った言葉の暴力は、凄まじいものだった。「朝鮮ババア」「ドブネズミ未満のブサイク」「ブスで性格悪くて朝鮮人って」「もう死んでくださいよ」等、李さんのすべてを嘲り、人格と尊厳を否定する暴言には、朝鮮民族と女性に対する蔑視・差別観が結合した強い嫌悪感・憎悪がむき出しだった。取材と記事の執筆を職業にする李さんが容易に沈黙も屈服もせず、対等な立場で対話を通じて解決しようと試みたこと、すなわちマイノリティが言論の自由を行使しようとしたことも排外主義者たちには許しがたいことだったようだ。「反日記者」といった悪罵もあった。

日本社会の力関係において優位にあるマジョリティが、マイノリティの中の相対的弱者である女性を選び、見せしめとして血祭りにあげた卑劣な人権侵害である。事実、一審の大阪地方裁判所における被告尋問で桜井は、李さんを標的に選んだ理由が「在日」であることに加えて女性であることだったと認めたのである。それでも地裁は、女性差別との複合については判断を回避した。地裁が、「表現の自由」「正当な意見論評」「差別とは無縁の悪口のたぐい」などといった被告らの主張を退け、在特会を排外主義的な団体であると断定し、被告らの執拗なヘイト・スピーチは「在日朝鮮人への差別を助長、増幅させる意図で行われた」人種差別であると判じて損害賠償金の支払いを命じたことの意義は大きかったが、それだけでは問題の一面的把握にとどまる。差別の複合状態が隠蔽され、維持されることさえ懸念される。それが、原告側の主な控訴理由であった。残念ながら、複合差別を認定した高裁でも損害賠償金額の増額はなかったが、ほぼ完全な勝利であり、李さんの晴れやかな笑顔が印象的だった。

マイノリティ女性に対するヘイト・スピーチの暴力性

女性に対する暴力は、歴史的に男性による女性差別と支配をもたらし、男女間の不平等関係の現れであり、従属的地位に女性を押し込める重大な社会構造の一つ(国連「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」1993年)として、世界中に蔓延してきた。採択当時の時代的・社会的背景から、女性差別撤廃条約には直接の規定が置かれていないが、現在、その撤廃は同条約を実現する上での最重要課題の一つとされている。それは、ドメスティック・バイオレンス(DV)のように私的空間で発生するものだけではなく、社会生活の全領域のあらゆる人間関係において発生するものを指す。また、身体的・性的暴力だけでなく、心理的苦痛・危害を生じさせる精神的暴力、経済的暴力―夫が妻に生活費を渡さない行為など―とそれらの行為の威嚇、強制または恣意的な自由の剥奪、またはそのおそれのあるものといった広範囲のものが含まれる2。心理的・精神的暴力は、身体的暴力と同様、時にはそれ以上に被害女性を痛めつけ、委縮させ、屈服させ、服従させる効果があり、被害の証明と支援・救済制度へのアクセスが困難である。

マイノリティ女性の場合は、社会構造と諸制度に組み込まれた複合差別のためにマジョリティ女性よりも被害に遭いやすい状況に置かれている。その上、女性の属するマイノリティ集団に対する偏見、蔑視、憎悪などを動機とする嫌がらせや、些細な抵抗に対する過大な制裁・報復などが暴力的に集団外の個人ないしグループや団体から加えられることも多い。しかも、その場合は組織的、継続的であることが多く、常態化していることさえある。このニュースでも度々取り上げられているダリットやロマの女性に対する頻繁な暴力、ロマ女性やアフリカ系アメリカ人女性に強制されてきた不妊手術や、民族紛争下で敵対勢力の女性に対して組織的・集団的に行われたレイプなどがその例であり、日本でも朝鮮学校の女生徒に対して連続的に起きたチマチョゴリ切り裂き事件や前述の李さんのケースがこれに該当する。ただ、一般社会は、その複合差別性に気付かず、偶発的に個人に起きた事件、あるいはレイプ事件の一つといった受け止め方で社会問題化されないことが多い。李さんの場合は、女性性に対する極度の悪口雑言にマジョリティ女性も憤り、多くの女性運動体が支援に乗り出すといった現象は起きず、在日コリアン関係の団体の多くも、事情や理由はさだかではないものの、チマチョゴリ事件の時ほどの強い関心を示さなかった。

国に課せられた義務

日本の場合、政府は一貫してマイノリティ女性に無関心である。国連人権機関から繰り返されてきた勧告を事実上無視して実態調査さえ行わず、マイノリティ女性の人権状況を把握していないから当然、報告もしてこなかった。同時に、一般的女性政策の対象に含めていることで十分であるとの立場に固執してマイノリティ女性特有の状況やニーズに適合する特別な措置を策定・実施する必要性を認めていない。しかし、在日コリアンを含むマイノリティ集団の女性たちが十年以上取り組んできた国連人権機関、とりわけ女性差別撤廃委員会への情報提供と働きかけは、着実に実を結んできた。

昨年3月に第7回及び第8回政府報告書審査結果として出された同委員会の最終見解には、全部で22項目の勧告の半数にマイノリティ女性に関するものが盛り込まれた。本稿との関連では、マイノリティ女性に対する攻撃を含む、民族的優越性又は憎悪を主張する性差別的な発言や宣伝を禁止し、制裁を課す法整備を行うこと(パラ21(d))、並びに、差別的な固定観念及びマイノリティ女性に対する偏見を解消するために取られた措置の効果について独立した専門機関を通じて定期的に監視及び評価すること(パラ21(e))が勧告されたことが注目される。また、様々なマイノリティ集団の女性を嫌がらせや暴力から保護することが締約国の義務であるとして、マイノリティ女性に対する複合差別を対象とする包括的な差別禁止法の制定も勧告された(パラ12(a)と13(c))。前の二つの勧告には2年以内(来年2月まで)に追加の情報提供を要請する「フォローアップ項目指定」が付された。政府は、基本的アプローチを転換し、速やかに具体的措置を講ずることを迫られている。

1      後者については、大阪地方裁判所にて本年8月3日に結審し、11月16日に判決言い渡しが予定されている。

2      女性差別撤廃委員会「一般的勧告12」と「一般的勧告19」参照。

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